東日本大震災から5年・・・被災ママたち、それぞれの今

「迷いはすごくありました。でも今はここ福島で、子供を守るためにベストを尽くしたい」

東日本大震災からもう5年、まだ5年。
あなたはどちらに感じますか?

あの日、被災地にいたママたちは、どんな状況でどんな思いで5年目の日を迎えるのでしょうか。LEEは、彼女たちの心に寄り添い取材を続けてきた方に、取材先で出会ったママたちを紹介していただいて会いに行ってきました。

強制避難になった人、福島に住み続ける人、自主避難を選んだ人。置かれている状況や選択の理由はそれぞれですが、子供たちの未来を思っての行動なのはみんな同じです。どうか彼女たちのこの5年間の思いを感じて、彼女たちとの心の距離を近づけていただければうれしいです。

撮影/高村瑞穂 取材・文/石川敦子
この記事は2016年3月7日発売LEE4月号でのインタビューを再掲載したものです。


福島インタビュー2-1
PROFILE
佐原真紀さん
福島
さはら・まき●福島市出身。43歳。
NPO法人ふくしま30年プロジェクト理事。18歳で化粧品会社に就職し、上京。東京で知り合った福島市出身の男性と結婚。32歳、出産をきっかけに家族で福島市にUターン。長女は現在、小学5年生。


「何でタンポポとっちゃダメなの?」という娘への答えは

娘の卒園式を控えた11日、福島市内で被災した佐原さん。直後から5日間電気が止まり、夜は真っ暗な中、大きな余震が続きます。

「何がなんだかわからない状態で、携帯電話を車で充電しながら見続けました。福島原発の状況が次々と報道されていて、国や市はただちに影響はないと言っている。最初はそれを信じていたけど、ネットではまったく違うことがどんどん書かれていた。その違いに逆に不安を感じました。その頃、友達が勤めている大病院で医者の先生たちが“危険だ”と言っている、子供を連れて避難した人もいると聞いたんです」

やはり危険なのかもしれない。佐原さんはそう感じ始めます。

「春休み中は念のため、娘を一切、外に出しませんでした。小学校が始まってからも、集団登校に参加せず、車で門まで送り迎え。新しいお友達関係を作っていく時期に娘だけ違う行動をさせることは、娘に申し訳ないような気持ちでしたが……。できれば県外に避難したいとも思いました。迷いはすごくあった。でも家庭の事情で、私たち家族は福島に残ることを選んだんです」

佐原さんは市民の集まりにも積極的に参加して情報を集め、放射能対策をしていきます。震災前は、娘と一緒に2時間も犬の散歩をするのが日課。道端や野原に咲く季節の花を摘んで帰り、家に飾るのが楽しみでした。けれども震災後は「モコの散歩はママだけ行ってくるから、お留守番しててね」。娘を歩いて通学させるようになってからも「道端のツクシもタンポポもとっちゃだめ」。

「まだ小さい娘に、匂いも何もないものを“危険だ”と伝えるのは難しい。『何でダメなの?』と聞かれて『見えないけど、体に悪いものがくっついてるんだよ』と説明しました」

学校では長袖の通学を呼びかけ、窓を閉め切って授業をしていました。5月の授業参観のときは、汗がダラダラと流れたそう。

「こんな暑い中で娘は毎日頑張っているんだ。な~んでこんなに我慢させているんだろう、と思ったら泣けてきて……」

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