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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』の「若草物語」翻訳者・谷口由美子さんに聞く

  • 折田千鶴子

2020.03.06

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長く愛され続ける小説がまたも映画化

今年の米アカデミー賞に作品賞、主演女優賞(シアーシャ・ローナン)、助演女優賞(フローレンス・ピュー)、脚色賞、作曲賞、衣装デザイン賞と6部門でノミネートされ、うち、衣装デザイン賞を受賞した映画『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』

今年の賞レースを賑わせてきたので、ご存知の方や注目されている方も多いと思います。その話題作が、初夏、公開になります(新型コロナウイルスの影響で、3月27日公開が延期になりました)

『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』
監督・脚本:グレタ・ガーウィグ
出演:シアーシャ・ローナン、ティモシー・シャラメ、フローレンス・ピュー、エリザ・スカンレン、エマ・ワトソン、ローラ・ダーン、メリル・ストリープ、ルイ・ガレル、クリス・クーパーほか
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
2020年初夏、全国ロードショー

LEE読者の方々も、きっと少女時代に読まれて来たと思しき「若草物語」の映画化です。 “あら、また映画化?”と思われる方も多いでしょう。その通り、これまで何度も映像化されてきていますが、一体なぜ、そんなにも創作意欲を掻き立てられ、長く愛され続けているのでしょう!? 今回の映画はどんなところが魅力なのか、これまでと何が違うのか、「若草物語」翻訳者・谷口由美子さんに、お話をうかがいました。

谷口由美子
山梨県出身。上智大学外国語学部英語学科卒。アメリカへ留学後、児童文学を中心とした書物の翻訳・研究に従事。著書に「大草原のローラに会いに・・・小さな家をめぐる旅」(求龍堂)。これまで手掛けた訳書は130冊あまり。代表作に全5巻にわたる「ローラ物語」(岩波書店)、「サウンド・オブ・ミュージック」(文溪堂)、「青い城」「もつれた蜘蛛の糸」「銀の森のパット」(KADOKAWA)、「若草物語」シリーズ(講談社)、「大草原のローラ物語―パイオニア・ガール」(大修館書店)ほか多数。
写真:富田 恵

 

監督グレタ・ガーウィグの新解釈

 ――まずはご自身と「若草物語」の出会いを教えてください。

「少女時代に、ダイジェスト版のような本を読んだのが出会いです。お話がものすごく面白かった、と覚えていて。その後、「若草物語」は1巻だけじゃないんだ、と中学生くらいで気づいて、角川文庫から出ていた古い4巻のものを読みました。「うわぁ、こんなに奥が深かったんだ」と、すごく嬉しくなりましたね。それから大人になって英語で原書を読んだりして、抄訳したこともありましたし、4巻を翻訳することもできました。日本では1巻だけしか知らない人が多いですが、それでは勿体なさすぎる。4巻まで是非読んで欲しい面白さなんですよ!」

――今回の映画は、これまでの映画とは結構、違うような印象を受けましたが……。

「基本的に1巻と2巻を映画化しているのは同じですが……。キャサリン・ヘプバーンがジョーを演じた33年の作品や、ウィノナ・ライダーがジョーを演じた94年の作品は、本当に原作を忠実に追って描かれていました。ところが今回の作品は、まず冒頭、大人になったジョーが原稿を売りに行くシーンで始まります。そこから少女時代の回想に入っていくという、描き方自体も明らかに異なりますよね。“作家としてのジョー”というものに、非常に焦点を当てている内容になっていて、それは新しいな、と思いました」

――そこが女優であり監督のグレタ・ガーウィグの新しい解釈と言えますよね? しかも途中、作者であるルイザ・メイ・オルコットの“半自伝”と言われている小説の、“半”が取れて、ルイザ自身の物語が入り込んだりします。

「最初から意図的にガーウィグ監督は、主人公のジョーと「若草物語」を書いたルイザを混ぜ合わせていますよね。“同じ”とまではいかないまでも、同じ人として描いています。もちろんルイザ自身、ジョーに自分を投映して書いたわけですから違和感はないし、元々物語に力があるので、全然、問題がないですけどね(笑)」

 

 

さて、“大人になったジョーが原稿を売りに行く”シーンで始まる、と明らかにしたところで、みなさんもご存知と思いますが、一応、基本のストーリーを。

『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』ってこんな話……19世紀、米マサチューセッツ州コンコード。戦地に赴いた父親が不在という寂しさはあるものの、マーチ家の4姉妹、メグ、ジョー、ベス、エイミーは、優しく寛大なお母さんの元、裕福ではない中でも楽しく暮らしています。男勝りで小説家としての成功を夢見るジョー(シアーシャ・ローナン)は、資産家ローレンス家の一人息子ローリー(ティモシー・シャラメ)と出会い、意気投合。やがてローリーにプロポーズされるも、小説家として自立するため単身ニューヨークに旅立つのですが――。

――女性の人生の選択、金持ちと結婚するか経済的に貧しい男と結婚するか、それとも結婚しないのか。しないなら、どうお金を稼ぐのかなど、経済的なことを含めての自立が、大きなテーマになっています。

「冒頭も、ジョーが安いお金で原稿を買い取ってもらって、“これから自分は書く人になるんだ”という気持ちをバンと打ち出していますからね。作者ルイザ自身の家庭も、経済的に苦しかったという事実がベースになっています」

「また同時に本作では、エイミーがとても溌溂としていて、目立つ存在になっているのも、これまでと大きく違うな、と思いました。実はエイミー自身も、すごく新しい女なんですよね。ジョー以上と言えるくらい、言いたいことをガンガンに言いますから。ジョーとエイミーの2人がとても目立っている分、ベスは少し影が薄いところはありますね。監督は“ハッキリものを言う女性”を強調したかったんでしょう。エリザベス・テイラーが演じるエイミーを目立たせるために、末っ子ではなく三女にした49年の作品とも、エイミーはまた違う描き方をされていますから」

 

 

――発刊当時は、“私は結婚しない、恋愛もしない”と言い切るヒロインの存在は、すごく衝撃的だったのではないですか?

「それはもう、すごく衝撃的だったと思いますよ。この小説が発刊された19世紀の終わりは、結婚が女性のたった一つのゴールだと思っていた人が多かったので、とても異端の主人公だったと思います。異端のジョーは、まさしくルイザ。物語の中では、読者の好みに沿ってジョーを結婚させましたが、ルイザ自身は独身をとおした。たくさん恋愛もするし、プロポーズも受けましたが、自分には独身で生きることが一番あっていると思っていたから。ただ、ローリーとは結婚させなかったんですよね、物語の中で。ジョーが結婚するベア先生は、実は原書ではもっと太っていてオジサンっぽいんです(笑)。ジョーが20代でベア先生が40代。結婚させるにしても、当時の読者が“エ~ッ!?”となる人物を配したというのが、面白いですよね」

今回の映画では、そこを“小説出版あるある話”として見せてしまうのが、ガーウィグ監督の強いこだわりだったようにも見えます。物語の中でジョーには結婚させたけれど、すごく渋々だった、抵抗しながら嫌々設定を変更した、という場面をわざわざ作っていますから。

 

 

草創期の人々が暮らしていた町の空気

――「若草物語」の世界を知り尽くした谷口さんからご覧になられて、今回の映画で感心された点は、ほかにもありますか?

「アカデミー賞を衣装デザイン賞を獲りましたが、衣装や舞台の背景など、本当に監督が考えて撮られていらっしゃると思いました。作者ルイザが暮らした物語の舞台、マサチューセッツ州コンコードの町に本当に行き、実際にそこで撮影をしたのが生きていますよね。本物のニューイングランドの美しい景色が、とても良く出ていました。それこそ独立戦争が始まったレキシントンという場所もすぐ近くにあるこの辺りは、アメリカ文化発祥の地と言える場所。アメリカ草創期の人たちが暮らしていた空気が、とてもよく映り込んでいました」

「また原作からだけではなく、ルイザの日記にある言葉からも、ジョーに台詞を言わせたりもしています。そういうことにも、本当によくこだわっていますね」

「私も翻訳をする際に、行ける場所であれば、必ずその場所に行くんです。もちろん自費で行き、積極的に動いて作家に会いに行ったりもしますよ。作者自身と話してみると、その人の口癖のようなものが、必ず作品に出て来るものなんです。その人のちょっとした仕草を分かってから読み直すと、誰かのキャラクターにその仕草が入っていたり。実際に行って、その土地の人と話をしてみないと分からないことって、本当にたくさんあるんですね」

 



4姉妹の父母からの学びも大きい!

――それにしても、なぜこんなにも「若草物語」は愛され続けているのでしょうか。親としては、やっぱり子供にも読ませたい本の上位に入ると思います。

「4姉妹のキャラクターがまったく違う、という点がまず面白い。そしてマーチ家のお父さんもお母さんも、一人一人の個性や良さを、とても尊重しているのが素晴らしいなぁ、といつも思うんです。誰が一番キレイだとか可愛いとかいうことではなく、それぞれにしっかり対応していますよね。何を聞かれても、“子供は知らなくていい”というような態度や言葉を決して使いません。ちゃんと一つ一つ丁寧に対応しようとしています」

「それは、小説や映画の原題「Little Women」にもよく表れています。実際にその言葉をルイザのお父さんが、4姉妹を呼ぶときに使っていたんです。小さな頃から“リトル・ガールズ”ではなく“リトル・ウィミン”として扱われていて、“個性も意志もしっかり持つ大人になって欲しい”と言われていたんですね」

「大人が読んでも、子供に対する親の対応の仕方について、とても学びのある本でもあるんです。そうかと言って、決して完璧な家族ではないからこそ、150年経った今も、物語が瑞々しく感じられ、読み継がれている理由だと思います」

そして付け加えるならば、キャストの豪華さです!

何しろジョーにフラれながら、生涯の友情を結ぶローリーを演じるのは、今を時めくティモシー・シャラメ君です。なんとまぁ、コスチューム系白シャツが似合うこと。いたいけな仔犬っぽさも健在です。

ジョーを演じるシアーシャ・ローナンは、ガーウィグ監督と『レディ・バード』に続けての主演で、本当に相性がいい。さらにエイミーを演じるフローレンス・ピューは、いま一番の注目女優。一足先に公開された、お花畑のようにファンシーな異色ホラー『ミッドサマー』にも主演。昨年公開の『ファイティング・ファミリー』でも、ザ・ロックことドウェイン・ジョンソンに見いだされる女子プロレスラー役で、素晴らしい怪演を見せています。

さらに4姉妹の母を演じるローラ・ダーンは、今年『マリッジ・ストーリー』でアカデミー賞を受賞した実力派。慈愛に満ちた空気で、観ているこっちまで娘気分でとろけそうに! そしてお金持ちの少々嫌味な叔母を演じるのは、泣く子も黙るメリル・ストリープ。相変わらずの存在感&上手さです。あわや今をときめく長女メグ役のエマ・ワトソンが霞んでしまうほどの、豪華出演陣!

谷口由美子さん訳の「若草物語」の1巻と2巻を合わせた合本が、日本で初めて出版されました。ぜひ、こちらも手に取ってみてください!

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『若草物語I&II』(講談社) 
作:ルイザ・メイ・オルコット 訳:谷口 由美子 
定価 : 本体1,900円(税別)
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000326991
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折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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