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ライター中沢明子のお気に入り★文化系通信

「M-1グランプリ」直前! ナイツ塙さんの本『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』で予習!

  • 中沢明子

2019.12.10

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M-1審査員、ナイツ塙さんの漫才論

 

『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』¥820/集英社新書
塙宣之(はなわ・のぶゆき)●芸人。1978年、千葉県生まれ。漫才協会副会長。2001年、お笑いコンビ「ナイツ」を土屋伸之と結成。‘08年以降、3年連続で「M-1グランプリ」決勝進出。‘18年、同審査員に。「THE MANZAI」2011年準優勝、漫才新人大賞、第68回文化庁芸術祭大衆芸能部門優秀賞、第67回芸術選奨大衆芸能部門文部科学大臣新人賞など、受賞多数。毎年開催している漫才独演会は完売必至の大人気公演。2019年の「M-1グランプリ」も昨年に引き続き、審査員となっている。
中村計(なかむら・けい)●ライター。『勝ち過ぎた監督』で講談社ノンフィクション賞受賞。『言い訳―関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』では、塙さんの聞き役と執筆を担当。

 

オフィシャルブログ
のぶたんの「やほー」で調べました

 

先日、「ナイツ」の2019年独演会「エルやエスの必需品」を観に行ってきました。その日は開演の1時間前に売れっ子女優さんが逮捕されるという速報が入ったのですが、ナイツのボケ担当、塙さんは開口一番、この話題に触れました。相方のツッコミ、土屋さんとの掛け合いで「さっきのニュースだから、まだネタが仕上がっていない」と言いながら、テレビで流せるか流せないかギリギリの漫才を楽しそうに(!)披露していました。今や爆笑問題と並ぶ“時事ネタ漫才”の匠となった2人の腕をいきなり見せつけられた瞬間でした。ナイツにはおなじみの“ヤホーで調べてきました”以外にも、いくつか型がありますが、塙さんはアドリブをたくさん混ぜる、やっかいな(?)ボケ芸人。相方の土屋さんが塙さんのアドリブにスッと対応する瞬発力なくしてナイツの漫才は完成しません。

 

そんなナイツの塙さんが先日、『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』という本を出しました。すでに10万部以上売れているベストセラーですが、「M-1グランプリ2019」が直前に迫った今、ぜひ未読の方に読んでもらいたい名著です。お笑い好きとして、またナイツファンとして、私もすぐに読みました。読んでから、ナイツの独演会を観たわけですが、息がぴったりのコンビ芸に大笑いしながらも「2人ともなんてかっこいいの……」と痺れました。なぜなら、お笑いバカ(←最大限の尊称です!)の塙さんの緻密なお笑い論を理解してから観ると、今、目の前で軽やかに披露してくれている話芸が仕上がるまでの努力を想像できて、真正お笑いバカの凄みを感じたからです。もちろん、そんなふうに感心しているのは一瞬で、ほとんどずっと無の気持ちで笑いっぱなしだったのですが。

 

運よく、前のほうの席で堪能したナイツの独演会。チラシもクスっと笑っちゃう。

 

ナイツはM-1で優勝したことがありません。それなのに、2018年から塙さんは審査員として再びM-1に“帰って”きました。「M-1で優勝はおろか、ウケたことすらない僕にその資格があるのだろうか」と逡巡したという塙さん。でも、悔しい思いを誰よりも理解している。だから「俺ならいいよな」と意を決して引き受けたそう。番組を観た人は皆、思ったでしょう。塙さんのコメントは鋭い指摘をしつつもあたたかな情があり、とりわけ厳しい戦いとなった2018年、審査員のひとりに塙さんがいて本当に良かった……!、と。

 

『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』では歴代のM-1について、チャンピオンになったコンビ、どうしても勝てなかったコンビを詳しく紹介し、勝てた理由、勝てなかった理由を塙さんの視点で解説しています。全大会、手に汗握って観てきたファンだけではなく、年末恒例のお笑い番組として楽しんでいる人も、この解説を読むと必ず、何度もハッとさせられるはず。「なるほど」と唸り、「そうそうそう!」と首をぶんぶん振って頷くこと、間違いなしです。それこそ“ネタばらし”厳禁の面白い本なので、具体的にここが面白かった、ここに納得した、という詳細はあえて書きません。だけど、ひとつだけ、「あああああ、なるほどおおおおお!」と思った「解説」を紹介させてください。それは、「オードリー」の漫才を「世紀の発明」と称賛し、彼らは音楽でいえばジャズだ、という見解でした。なぜジャズなのか、という理由は本書を読んでいただきたいですが、納得しすぎて、もう爽快。

 

新しい段階に入ったM-1グランプリ

 

私が持っているのはこちらの表紙! こっちの塙さんのキリリとした表情もいい。

 

そして、若手のホープだった「霜降り明星」が劇的に優勝した2018年の大会は、「新しさを選ぶ」という「M-1が本来の姿に回帰した」と塙さんは言っています。塙さん自身も彼らに1票を投じています。私は2017年に彼らと「ニューヨーク」「四千頭身」(と、ゲストでピースの又吉さん)が一堂に会したライブを観ました。その時もすでに勢いがすごかったんですが、1年後、一回りどころか二回り以上、芸人として成長した彼らの華やかさと元気さがスパークしていたので、テレビで観ていても、明らかに会場の空気が変わったのがわかりました。なぜ霜降り明星に1票を入れたのか。塙さんの見解をぜひとも読んでほしいです。

 

今年、この文化系通信で「さらば青春の光」にお会いしたさい、お二人も「もう僕らがM-1で勝つ可能性はない」とおっしゃっていました。M-1がますます競技となり、シフトチェンジ、ゲームチェンジしたと明らかになったのが昨年の大会だったようです。

さらば青春の光インタビュー

 

お笑い芸人さんは皆さん、同業者以外には「ただただ笑ってもらいたい」と言います。お笑いを「解説」するのは野暮と思う人もいるでしょうし、舞台裏を知ったら笑えなくなるかもしれないと心配する人もいると思います。実際、ふだんはそのほうがいいと私も思いますし、先日の(賞レースではなくなった)「THE MANZAI」を気楽に心ゆくまで堪能し、10年ぶりの復活となった「アンタッチャブル」(2004年、関東芸人として初のM-1優勝者)を感慨深い思いで楽しみました。

 

でも、年末恒例のM-1だけは、舞台裏込みで観るほうが何倍も面白く、また感動もひとしおになる賞レースです。何千組もの芸人がエントリーし、決勝に勝ち上がれるのは、たった10組。すでにテレビで人気のコンビが容赦なく敗退する一方で、ほぼ無名のコンビが彗星のごとく、勝ち上がるケースもあります。M-1史上でもっとも有名な「下克上」は2007年の「サンドウィッチマン」の優勝。敗者復活戦からの決勝進出、漫才が盛んな関西ではなく関東芸人、ほぼ無名、そして非吉本芸人であったからです。M-1は吉本興業主催の漫才コンテストですし、所属する芸人さんも桁外れに多いので、どうしても吉本興業所属の芸人さんが優勝する可能性が高いなか、いくつものハンディを乗り越えて優勝したサンドウィッチマンに関東芸人たちが沸いたそうです。

 

本番前後の様子を映す映像を観ると、M-1グランプリに臨む芸人さんたちの佇まいは、まさにアスリート。キリっとした表情で闘いの場に出ていく姿は、全員、ほんとにかっこいい。今年は若手がたくさん、決勝に残りました。どのコンビが優勝するにせよ、今年もまた、テレビの前で手に汗握り、笑ったり泣いたりしてしまいそうです。そして、塙さんのコメントに昨年以上に注目したいと思っています。

対談 伊達みきお×塙 宣之(青春と読書)
『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』詳細はこちら。

文・ライブ会場写真/中沢明子

中沢明子 Akiko Nakazawa

ライター・出版ディレクター

1969年、東京都生まれ。女性誌からビジネス誌まで幅広い媒体で執筆。LEE本誌では主にインタビュー記事を担当。著書に『埼玉化する日本』(イースト・プレス)『遠足型消費の時代』(朝日新聞出版)など。

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