ライター中沢明子のお気に入り★文化系通信

祝・日本編公開! 『クィア・アイ』のファッション担当、タン・フランスの自伝『僕は僕のままで』

  • 中沢明子

2019.11.22

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タン・フランス●1983年、イギリス・サウスヨークシャー州ドンカスター生まれ。パキスタン系移民3世として、ムスリムの家庭で育つ。子供のころ、祖父がデニム工場を経営していたことからファッションに興味を持ち、いろいろな職を経て服飾デザイナーとなる。女性向けアパレルブランド〈キングダム&ステイト〉の立ち上げに成功し、有名ブロガーと共同経営した〈レイチェル・パーセル〉でさらなる人気を呼んだ。その後事業を売却。休暇中にNetflixからリアリティ・ショー『クィア・アイ』リブート版のオーディションの打診を受け、見事合格した。現在は各メディアで活躍し、多忙な日々を送っている。Instagramアカウントのフォロワー数は300万人を超える。

『僕は僕のままで』

 

大人気番組『クィア・アイ』を観ると、誰かと語りたくなる!

今年初めはNetflixの番組『KonMari 〜人生がときめく片づけの魔法〜』の世界的大ヒットで近藤麻理恵さんに大きな注目が集まった。この件がきっかけでNetflixに入会した人も少なくないだろう。もちろん、“こんまりメソッド”は良い。あれも素晴らしい番組だった。

しかし、昨年から同じく世界的大ヒットとなったNetflixのリアリティ番組『クィア・アイ~外見も内面もステキに改造』にドハマりしていた人々は、すぐさま「クィア・アイとこんまりの共通点と異なる点」について、口角泡を飛ばしながら語り合い、「クィア・アイもみんな観てね!」と周囲に触れ回るという“伝道”に勝手に努めていた。暑苦しすぎる……。もちろん、私もその一人である。熱意のあまり、トークイベントまで開催したほどだ。祝・日本編公開で12月にも第2弾をやる予定だ。それくらい、『クィア・アイ』は「一度観たら誰かと絶対語り合いたくなる」番組なのである。

だから、こんまり大ブレイクというニュースがホットな時期に、なぜか『クィア・アイ』の出演者たちが、どうやら来日していて、そのうえ何やらガッツリ撮影していることをInstagramで知った日本のファンたちは大騒動になった。それが日本「でも」撮影された海外出張シリーズではなく、スピンオフ的に日本「のみ」にフォーカスした特別編としてリリースされると知った時の驚きとうれしさといったら! アメリカ人とはノリが違う日本人を相手にどんな内容になるのか、やけにオリエンタルな謎の日本が強調されていたら嫌だな、という不安もあったが、11月1日に公開された『クィア・アイ in Japan!』を観て、良い意味で予想を裏切られた。全4エピソード、人選もテーマもバランスがとれているうえ、どれもが感動巨編になっていた。しかも、世界中の視聴者も共感できるテーマ設定とストーリーで、リリース直後から海外での反応も上々。素晴らしい。

『クィア・アイ in Japan!』予告映像

 

自分自身をもっと大切に!というメッセージ

 

日本編では水原希子さんがサポート。渡辺直美さんも登場します!
Netflixオリジナルシリーズ『クィア・アイ in Japan!』Netflixで独占配信中

 

『クィア・アイ』は5人のゲイが依頼人(ヒーロー、と彼らは呼ぶ)の人生を変える、という番組だ。2003年にアメリカでヒットした番組で日本でも知る人ぞ知る番組だったと聞く。残念ながら私は未見だが、2018年から始まったNetflixのシリーズは、そのリブート版。キャストは カルチャー担当でメンタルヘルスにも詳しいカラモ・ブラウン、美容担当はフェミニンでおちゃめでフィギュアスケートを愛しているジョナサン・ヴァン・ネス、フード&ワイン担当は涙もろく依頼人宅に犬がいるとはしゃいでしまうアントニ・ポロウスキ、インテリア担当は誰もが彼に大改造をしてもらいたいと願わずにいられない魔法のセンスを持つボビー・バーグ、ファッション担当は上品でイギリス訛りの英語でやさしく語るタン・フランス。5人まとめてfabulous5、略して「ファブ5」だ。

依頼人は親しい人によって番組に推薦された人々だ。「人のために尽くす人だが自分自身に手をかけないから、ファブ5、助けてあげて」「素晴らしい仕事をしているのに、それにふさわしい装いができていないから、良くしてあげて」。理由はさまざまだが、ちょっとつまずいていたり、自信を無くしていたり、無頓着すぎたり、といった依頼人をファブ5は外見や住まいを変えながら、5日間のコミュニケーションを通して徐々に内面も変えていく。

ファブ5の尽力によってガラリと変わるルックスと部屋は当然、見どころだ。それがなくっちゃ面白くない。ただ、もっと重要なのは見た目が変わった依頼人は内面も変わっているということ。自らが身なりや他人に対するふるまいをおざなりにしていた理由は何か。その理由は改善の余地があるか。そもそもその理由は本当に正当なものなのか。メンバーたちと軽妙な会話を交わしながら、自分の長所と短所を見直し、一歩踏み出せばもっと幸せになれる、と依頼人たちは確信するようになる。そのためには、自分をもっと愛することから始めなくてはならない。自分自身を大切にしてケアすることが、やがて周囲の大切な人たちへのギフトにもなる。『クィア・アイ』という番組が一貫して伝えているメッセージはこういうことだ。つまり、自己啓発である。ファブ5のメンバー自身もセクシャリティやアイデンティティの問題で深く悩み、乗り越えたからこそ、彼らの言葉と行動は心に響く。

『クィア・アイ~外見も内面もステキに改造』が、約2年という短い期間に、すでに4シリーズもリリースされているのは、ハッピーエンドの大改造に至るまでの個々のストーリーに、多くの視聴者が胸を打たれ、自分を見つめ直す材料にもしているからだろう。エミー賞受賞も納得の出来栄え。ふだんの私は皮肉屋で「泣ける!」系のコンテンツや自己啓発が苦手だ。そんな私がいつの間にか、涙を流しながら繰り返し観てしまうのだから、ファブ5、恐るべし。

ファブ5のメンバーは全員大好きだが、なかでもファッション担当のタンの上品なふるまいとファッションセンスが好きで特にお気に入り。そんな彼のInstagramで自伝を出したと知り、英語で読むのは大変だけど翻訳本が出るとは思えないから原書を買おうかな……と思っていた矢先に、翻訳本発売というニュースを聞いたのだった。まさかの! ありがとう、ありがとう、ありがとう!

 

南アジア系屈指の”有名人”になったタン・フランス

 

左からジョナサン、カラモ、タン、ボビー、アントニ。
Netflixオリジナルシリーズ『クィア・アイ in Japan!』Netflixで独占配信中

 

というわけで、首を長くして待っていたタン・フランス著、安達眞弓訳『僕は僕のままで』が届いた。原題は『Naturally Tan: A Memoir』。タンはパキスタン系移民3世としてイギリスで生まれ育った。肌がブラウンで中東系という背景から、3世の彼にとって故郷であるイギリスであっても嫌な思いをたくさんしてきたんだろう、というのは想像がついていた。しかも、ムスリム・コミュニティの中でゲイとして生きるのは困難に違いない。実際、改めてタン自身によって語られた思い出に胸が痛んだ。

でも、本書を読み、結構やんちゃな青年であったこと、差別は受けていたけれど自分には自信があったこと、上司のパワハラに頑として抗議したり、嫌な仕事だとあっという間に仕事をやめたり、といった意外な素顔をたくさん知った。そして、ほんのり意地悪な面もあるのが良い。さらに良いのは、その自覚があることだ。退職とひきかえにパワハラ上司を追い詰めていくエピソードなどは「日本人もみんなぜひこうするべき!」と喝さいを送りたいほど。夫・ロブとのアメリカでの出会いから結婚するまでのストーリーも心温まる。「恋の駆け引きを楽しんでいると、いつか自分が、じらされる立場になる」と言い、誠実に遠距離恋愛を育み、結婚した今もラブラブ。セクシャリティを問わず、見習いたいスタンスだ。

もちろん、タンの人生を変えた『クィア・アイ』にファブ5の1人として加わるまでのエピソードの数々は、クィアファン全員による「そうだったのか!」が満載だ。最初は乗り気じゃなかったのか……。他のメンバーと違い、ファッション業界で働いていた彼はエンターテインメント業界に全くなじみがなかった。子供時代はインド映画のスターになりたいと思っていたとはいえ、自分がエンタメ番組の出演者になるなんて、大人になったタンの選択肢になかったようだ。それがなぜファブ5に? 理由と経過は本書を読んでのお楽しみ!

ともあれ、世界的大ヒット番組には珍しい「南アジア系キャラクター」が「あらゆる人種コミュニティー」に「好意的」に評価されたことをうれしく、また重く受け止めていた。心がけたのは「僕は僕のままで」いること。結果的に南アジア系の代表的な存在になったが、その前に「タン・フランス」という個人の意に反したふるまいをせず、取り繕うこともしない。南アジア系の代表的存在になったのを重く受け止めはすれど、南アジア系=タン、ではないからだ。他の人種と同じように、いろんな人がいる。「僕は僕のままで」いることを大切にする彼は、他人の「あるがまま」も肯定する。だからこそ、本書を読み終わる頃には、読者も自分自身に向き合うようになる。

安達さんの翻訳がとても良い。茶目っ気はあるけれど上品なタンの特徴をよくとらえていらっしゃると感じた。不必要なオネエ言葉も排除しており、ダンディでもあるタン・フランスの個性を際立たせてくれている。本書を読んだら、きっともっとタンが好きになるはずだ。

ちなみに、Netflixの『クィア・アイ』シリーズをこれから観る方には、ぜひとも字幕つきで観てほしい。特に初期の吹き替えは過剰でわざとらしいオネエ言葉が、この番組の真のメッセージを伝わりづらくしている気がする。ファブ5の話し言葉は確かにゲイ・カルチャー独特のイントネーションの時があるが、ふだんは普通に話す。声優さんが悪いのではない。ただ、ゲイであることはこの番組のキャラクターである以上、重要だが、当然、彼らにはゲイ以外のいろいろなすてきな側面があるし、ゲイがみんなオネエ言葉で話すわけではないのだから、無駄におもしろおかしい演出を加える必要はないと思う。

来年にはシーズン5も予定されている。どこまでシリーズは続くのだろうか。ゲイのエンターテイナーの先達にして大御所、ル・ポールの番組が長期シリーズになっているから、ファブ5も出来る限り、続けてほしい!

 

タン・フランス Instagram

Netflix クィア・アイ―外見も内面もステキに改造

中沢明子 Akiko Nakazawa

ライター・出版ディレクター

1969年、東京都生まれ。女性誌からビジネス誌まで幅広い媒体で執筆。LEE本誌では主にインタビュー記事を担当。著書に『埼玉化する日本』(イースト・プレス)『遠足型消費の時代』(朝日新聞出版)など。

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