飯田りえ

専業主婦から5つ星ホテル幹部に! 薄井シンシアさんに聞く『子どもが語学を学ぶ上で大切なこと』

専業主婦は立派なキャリアになる――

身をもって示した女性がいます。

薄井シンシア●1959年生まれ。海外勤務の夫について20年間海外で暮らす。17年間の専業主婦の後、47歳のとき、バンコクで“給食のおばちゃん”になる。帰国後、52歳で電話受付のパート。その後、3年でANAインターコンチネンタルホテル東京の営業開発担当副支配人になる。シャングリ・ラ ホテル東京勤務の後、現在、東京2020オリンピックトップパートナーのホスピタリティ担当に従事。

17年間専業主婦をした後、学校の“給食のおばちゃん”からリスタートした薄井シンシアさん。そこから10年で5つ星ホテルの幹部にまで登りつめました。著書『専業主婦が就職するまでにやっておくべき8つのこと』は、NHKでドラマ化され大きな話題となりました。こうしてキャリアを一気に登りつめたのも、もちろんご本人の生まれ持った才能と涙ぐましい努力があってのことですが、それに加え『考え方の柔軟さ』にあると、著書を読んで思いました。考え方、捉え方一つで、可能性がどんどん広がって…ハッとさせられることばかり。そして、自分の考え方が凝り固まっていたことに気づかされました。

そんなシンシアさんですが著書の中で、「専業主婦をしていた17年間は、狂おしくなるほど愛しく大切な時間だった」と綴られています。育児と家事に全力を注いだことが伝わります。果たしてどんな育児をしていたのでしょう?ちなみに、娘さんはハーバード大学を出られ、外資系金融機関で勤務後、ハーバードロースクールに戻り、現在アメリカで弁護士としてご活躍中。さらに、4ヶ国語を母国語レベルに使いこなす才女中の才女です。

そう聞いて「次元が違いすぎる」「そもそもの地頭が違う」と思うことなかれ。もちろん、私も最初はそう思いましたが、シンシアさんのことですから教育方法もとても柔軟で、アイデアに溢れているに違いない…。

ぜひ、参考にさせて頂きたい!ということで今回、悩める母たちが集まり勉強会が開催されました。テーマは『子どもの語学習得』について。どうやってお子さんに語学習得させたのか、どうすれば4ヶ国語も習得できたのか、この辺りを軸にお話を伺いました。その時の様子を2回にわたってお伝えします。

シンシア流・語学習得法「まずは強い言語を、土台をしっかり作る」

ご主人が外務省だったので、海外駐在がつきものだったシンシアさん一家。「みなさんは外国語=英語だと思いますが、娘が一番苦労したのは日本語習得でした(苦笑)」。最初の転勤は娘さんが1歳半の時にナイジェリアへ駐在することに。まずシンシアさん最初に準備したことは『おかあさんといっしょ』の録画でした。3ヶ月分のビデオテープを現地へ持ち込んだそうです。

とにかく私のやるべきことは、家族のために、日本と全く変わらない環境を作ってあげること。どこの国に行っても安定した生活を目指すのが私の仕事だったのです」朝の9時〜と夕方5時〜、おかあさんといっしょのビデオを見て日本語で生活。あとはディズニーの映画やCNNニュースを英語で見聞きして育ちました。3歳になり、ナイジェリアの駐在員コミュニティーが運営している幼稚園へ。

「娘は幼稚園ではひと言も話さなかったけれど、言葉は理解できていたので慌てませんでした」結局、ナイジェリアの幼稚園では1年間、何も話さず過ごしていたそうです。

4歳の頃にN.Yへ。引っ越した先の幼稚園からの帰り道、これまで日本語で話していたのに、突如、英語で話しかけてきたそう「私が先生と英語で話しているのを知った日以来、”ママとは日本語を使いたくない戦争”が始まったのです。この日から日本語取得に対する悩みが始まりました」

しかし、日本語補習校について相談へ行くと、校長先生からは意外な回答が。「お子さんは真面目だし、月〜金の通常授業で疲れているから、土日曜ぐらい休ませてあげたら?無理に今、日本語を入れなくても、自分の中で一つ強い言葉ができれば、他の言語も引き上げられるので大丈夫ですよ。」このベテランの校長のアドバイスに従い、日本語の補習校はやめてまずは英語中心で学び進めることに方針転換したそうです。

カッコ悪い道を通らない限り、語学は上達しない

安心していたのも束の間、小学校に入るとフランス語がスタート。

「日本語をやめたのにフランス語が入るなんて!と先生とまた戦いました。『今すぐやめさせたい!』とお願いしたら、『フランス語って言っても小学校1年生だから歌ったり、挨拶したり、楽しむ程度ですよ。みんながフランス語の授業している間に彼女だけ抜けるなんて、ほかでダメージ来るからやめたほうがいい。お母さん、もっとリラックスして!』とアドバイスされました」そのままフランス語を受講。しかし、ここで事件が起こりました。

「娘は真面目な子だから成績は全てvery goodだったのに、フランス語だけsatisfactory(3段階中の3番目)で本人もショックが大きかったみたい」評価の理由は、意味は十分理解しているのに、“何も話さない“から。それ以来、自分自身で考え方を切り替えてどんどん話すようになったそう。

「彼女自身、自分のするべきことは”しゃべること”だとわかったので、積極的に話し始めました。すると高校生になった頃には、4ヶ国語母国語レベルに。娘曰く『発音も文法も気にしないで、とにかく話す。とにかくカッコ悪い道を通らなければ、語学が上達する道はないよ』と。彼女はそのことに自分から気がついたのがよかったのです」

小2を終えて日本に帰国。数年後にはまた海外赴任になる、とのことでしたので、東京のアメリカンスクールへ編入。漢字のテキストをどっさり渡され、そこはご近所で家庭教師を見つけて習得し、小3〜5では日本語クラスで1番を取るようにまでなりました。そして「勉強しなさい」とは行ったことがなく、とにかく親子で本を読むようにしたと言います。

「娘は本が大好きでした。読み方も独特で、まず1回読んで、その後、2回目読むときは着替えて自分のキャラクターを物語に加えて読む…という、少し変わった娘でした。毎回、いろんなコスチュームを着て読んでいるのだけど、私は注意しませんでした。そのことで可能性を潰すことになるから。」

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