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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

イケメン汚しの達人!? 白石和彌監督の『ひとよ』で やさぐれ男・佐藤健に、またもむせび泣き!

  • 折田千鶴子

2019.11.05

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日本映画界を面白くする白石和彌監督、遂に登場!!

6月の本コーナーで、『凪待ち』(19)の香取慎吾さん×西田尚美さんのインタビュー記事にも書かせていただきましたが、白石和彌監督と言えば、今の日本映画界で最も勢いのある監督です!! 撮る作品、撮る作品、外れなしの面白さ! とはいえ割にハード、いやかなりハードな作品が多いので、過去LEE本誌では、あまりご紹介できて来なかったのですが……。

『彼女がその名を知らない鳥たち』(17)と言えば、ご覧になられた方も多いかもしれません。また『凪待ち』の前にも、『止められるか、俺たちを』(18)の主演・井浦新さんに、本コーナーにご登場いただいたことがありました。そして最新作『ひとよ』も、これまた凄い磁力を持つ作品で、観たら食い入るように齧り付くしかなくなる一作です。本誌12月号では、主演の佐藤健さんにご登場いただきました。併せて、そちらもご覧いただけると嬉しいです! ということで本コーナーでは、遂に白石監督ご本人にご登場いただきます!

白石和彌
1974年12月17日、北海道出身。中村幻児監督主宰の映画塾に参加後、若松孝二監督に師事し、フリーの演出部として活躍する。『ロストパラダイス・イン・トーキョー』(10)で長編監督デビュー。『凶悪』(13)が高く評価され、各賞を受賞。代表作に『日本で一番悪い奴ら』(16)、『彼女がその名を知らない鳥たち』(17)、『サニー/32』(17)、『孤狼の血』(17)、『止められるか、俺たちを』(18)、『凪待ち』(19)、『麻雀放浪記2020』(19)ほか。
撮影:齊藤晴香

さて、映画『ひとよ』は、こんな作品です。

タクシー営業所を営む一家の母・こはるは、3兄妹を父親の激しい暴力から守るため、決死の覚悟で夫殺害に至ってしまいます。ところがその事件によって、その後の3兄妹の人生は激変どころか、スキャンダルの渦中に投げ込まれ、運命が大きく狂ってしまいました。15年後、約束通り母・こはるが家に帰ってくるのですが──。

主人公で次男の雄二に佐藤健さん、長男の大樹に鈴木亮平さん、長女で末っ子の園子に松岡茉優さんが扮しています。そして母こはるに扮したのは、往年の大女優・田中裕子さん!! 3兄妹を演じた3人の俳優ももちろん素っ晴らしいのですが、田中裕子さんはとにかくもう、本当にスゴイ!!

 

親の期待に応えられる子供、どれくらい居る?

──舞台作品の映画化ですが、この作品はオファーされて監督を引き受けた、という形だったのですよね!?

「そうです、僕は舞台を見ていなかったのですが、戯曲と再演舞台のDVDを観て検討し、お引き受けしました。一家の3人の子供たちは、母親がしたことを引きずって大人になり、おそらく(自由に思うように生きて欲しいという)母親の期待に答えられず悩んでいるわけです。でも、この家族だけではなく、親の期待に応えられている子供ってどれくらい居るんだろうと考えていくと、普遍的な物語になりそうだな、と。それで、これはイケるんじゃないか、と思いました。舞台の映画化は初めてでしたが、ある意味、直接その感動を受けていない分、映画化に当たってドライに作れたというか、いい距離感を保てて良かったな、と思いました」

『ひとよ』
2019年/日本/123分/配給:日活
監督:白石和彌
出演:佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、音尾琢真、筒井真理子、浅利陽介、韓英恵、MEGUMI、大悟(千鳥)、佐々木蔵之介・田中裕子
11月8日(金) 全国ロードショー
© 2019「ひとよ」製作委員会

──結果、かなり舞台とは違うものになったのでしょうか?

「基本の物語、登場人物はほぼ同じです。舞台版は、タクシー会社と母屋と中庭が主な舞台でしたが、そこから外れた部分の物語に関しては、映画で描いたものが多いです。大きな改変と言えば、ラストですね。ラストはだいぶ変わっています」

──いきなりラストシーンの話で恐縮ですが、迫力のカー・アクションでもあるので、“よっ、白石監督!!”と見ている方も腹の底から湧き上がってくるものがありました。監督自身、ああいうシーンになるとグワ~ッと演出しながら興奮するものですか?

「もちろん。やっぱりドーパミンが出ちゃいますよね(笑)。そういう気持ちは画に出て来るものなので、むしろ敢えて押さえないようにしています。実は最後のあの場面、最初、脚本になかったんですよ。でも、やっぱり車をクラッシュさせたいな、と僕が言いまして、どうすればいいかプロデューサーがかなり頑張ってくれた場面でもありました」

誰より家族を想っている雄二の熱さが健君っぽい

──残された3人の子供たちと、罪を犯してまで子供を救おうとした母。そんな母に対して、兄妹3人はそれぞれ違った反応を示します。どの人物のどんな言動に最も共感を覚えた、好き嫌い等々、監督はどのように感じながら作ったのでしょう?

「作り手としては、役割をキャラクターに振っていくので、好き嫌いは全く考えないものです。全員のすべての行動を、ほぼ完全に理解して作っているつもりです。誰かに感情移入して作ることはありませんが、どちらかというと僕は長男ですが、次男の雄二っぽい人間かな、とは感じます。でも、長男の大樹に対しても思うところがありますし、母・こはるに対しても、僕自身が親という立場で思うことがありますね。園子に対しては、成長するにあたって何か栄誉分が足りなかったのかな、と受け取って作りました」

母・こはると対峙する雄二。静かに、ものすごい緊迫感のあるシーンです。果たして雄二の口から飛び出す言葉は……。

──佐藤健さん扮する雄二の母に対する行動や態度がひど過ぎて、私自身はずっと“何を考えているんだ、この男は!?”と考えながら凝視してしまいました。健さん自身も、雄二のことがよく分からないまま現場に入ったとおっしゃっていました。

「長男の大樹だけじゃなく、なんやかんや言って男はみんな一生マザコンなんじゃないですかね。雄二のように母親に恨みを持つのも、コンプレックスの裏返し。大樹や園子は、やっぱり母親が犯した事件がきっかけで、人生で何かやり遂げることを諦めていますが、雄二だけはどこかでまだ闘おうとしているんです。だから、たとえ自分の母親であっても、小学生の頃にした母との約束を果たせるなら、何だってしてやるぞ、という思いがあるんです。僕の中では、雄二の態度は非常に腑に落ちました」

「健君もどこまで意識かしているかは別として、雄二という男が母親のことを最初は嫌っていてイライラしているけれど、その奥に、実は誰よりも母親や兄妹のことを考えている、ということを理解していたと思います。そこがね、なんかクールなようでいて、芝居や映画に対して熱いものを持っている健君っぽいよな、と思っていたんです」

 



この裕子さんを撮れたことが財産

──佐藤健さん、鈴木亮平さん、松岡茉優さん、そして母・田中裕子さんも、すべて監督とは初顔合わせですよね!? ご一緒した感想を教えてください。

健君は本当に勘がいいというか頭がいい人だな、と思いました。こっちが見透かされているような目をしているので、むしろ僕の方がドギマギしながらやっていました(笑)。それでいて浮ついた感じがなく、地に足が付いた感じがあって。さらにスター感もあったなぁ」

亮平君はちゃんと役を自分に寄せられる人だから、最初から安心感がすごくありました。ただ器用と不器用が同居している感じがすごくして、面白かったという感触があります。なかなかああいう人も会ったことがないですね」

3人のリアルな兄妹っぽさ全開の掛け合いが……時に激しく、時に可笑しく…最高です!

茉優ちゃんは、頭の回転で芝居をする人なのかと思ったら、意外と頭じゃなくて直感的にいけるところは行く人。あの兄妹の空気感が作れたのは、おそらく茉優ちゃんがいたから。あの世代で敵なし状態なのが、すごく良く分かりました。ムードメーカーになってくれたのも、健君や亮平君がペラペラ喋る人でもないので、気を遣って自分をポジショニングしてくれたんじゃないかな。とにかく場を作る能力が、非常に高い女優さんでした」

──田中裕子さんが醸す独特のユーモラスさが、作品に独特な味を加えたように感じました。すごく魅力的でした!

裕子さんは本当にホン(脚本)に対する理解力が高く、読み込み方がすごかったですね。ちゃんと自分の中にプランをお持ちでいると同時に、それに凝り固まることなく、こうして欲しいというと、すごく柔軟にやってくれる方でした。やっぱりすごい女優さんだと思わせられましたし、すごく勉強になりました。この裕子さんを撮れたこと自体が、僕のすごい財産になったと思っています」

──“そう演じるのか!! ”と監督自身、驚かれたこともあったのでは?

「脚本ではシリアスにもコメディにも、どっちにも転ぶと思っていたシーンは今回、裕子さんは割とコメディ寄りに演じられましたね。その芝居を見て、面白いと思ったものを切り取っていった感じです。本当にブレがなかったですね。例えば「セックスレスなんです」という台詞を、どんな風に言うのかなと思っていたのですが、まさかああいうとは(笑)。現場でも、みんな笑いましたね~。本人も笑っていましたが(笑)」

 

汚したいわけではありませんよ(笑)!

──本作では佐藤健さんがいい具合に汚れていて、非常にドロッと人間臭いものが出ていました。『凪待ち』では香取慎吾さんが、『孤狼の血』『彼女がその名を知らない鳥たち』では松坂桃李さん、『日本で一番悪い奴ら』では綾野剛さん等々が、素晴らしきゲス男に変身していました。

「それ、よく言われるのですが、汚すことを主題に作っているわけではないですよ(笑)!! ただ必要だからそうしている、というだけで、単にその結果です。彼らから何かを引き出したい、と思ってやっているわけではなく……まぁ、その思いが全くないと言ったら嘘になるけど(笑)。香取さんも桃李君も、今回の健君も、ダメな男にも見えれば、その一方で美しいところがいっぱいあると思いながら、美しい顔もたくさん撮っていますから

確かに……。こんなやさぐれた健さんも、やっぱりカッコいいですね……思わずポッ……

──もちろん、それがあるからこその“汚れ”が魅力的なのですが。常連組で映画を作られる監督も少なくない中、白石監督は毎回、割に新しい俳優と組まれていますね。

「そこは意識しています。新しい才能と出会いたいと常に思っていますし、彼らは新たなイマジネーションを沸かせてくれる存在であり、僕自身をも引き上げてくれるのです。たとえ常連になってきても、何かしら前作とは違うイメージの役、同じ味にならないように、というのは最低限考えています。ただ日本の場合、名前のある人しかキャスティングさせてくれない傾向があるので、それは今後、少し変えていきたいと思っているところです。名がなくとも、本当にいい役者ってたくさんいるので」

 

日々の積み重ね(スナック通い)が画に出る(笑)!?

──佐藤健さんもおっしゃっていましたが、ギトギトとたぎるような作品を作られる白石監督ですが、現場は非常に淡々としているそうですね。

「暴力的な現場だから暴力的な映画になるかと言ったら、そういうわけでもない。やっぱり映画がいいのは、切り取り方でいくらでも見えようがあること。淡々としながらも緊張感を持ちつつ、やっぱり楽しい、というのを織り交ぜてやっています。僕に限らず、大声を上げてみんなの前で助手を怒るとか、そういうことはやらないようにしようね、と周りとも言い合っています。もう時代が違いますから。淡々とやっているのに何故そうなるのか、と聞かれるのは、悪くないな(笑)」

数年前、初めて監督にお会いした際は、撮られる映画のイメージから、超怖いオヤジに違いない……とビクビクしていたのですが(笑)。とっても穏やかで丁寧に応えてくださるステキな監督です。

──続編が待たれる『孤狼の血』の現場でさえ淡々としていましたか?

「そう自分では思います。ただ、あれはエネルギーが必要な映画なので、脂ぎった感じにするには、夜の11時くらいに撮影が終わっても、それから僕だけスナックに行くとか、そういうことが必要なのかなと思って実践していました。さすがに毎日は疲れるけれど(笑)、多分、そういうのってやっぱり画に出ると思うんですよね」

──さて、監督デビュー作『ロストパラダイス・イン・トーキョー』から早10年。ものすごい勢いで作品を連発されています。

「10年という達成感はないですね。むしろ『止められるか、俺たちを』を撮った時の方が、青春に区切りを打った感はありました(白石監督が長く師事、助手を務めていた若松孝二監督を描いた作品)。自分で決めるものでもないけれど、おそらく第二章は既に始まっていると思いますが、僕も40代半ばになったので、これからもっと頑張っていかないと」

「やたら撮っているように見えるかもしれないけれど(笑)、勝算がないものは出来ないです。情熱を注げる作品でないと、絶対に情熱的な映画にはならないので、それは最低限。寝る間を惜しんでも頑張れるか、という感覚を大事にしています。来年は久々に公開待機作がなくなるんです。その分、撮影や作ることに集中できるので、僕自身、期待しているんです」

 

来年、公開作がないと聞くと、こっちは“何かが足りない年になりそうだ~!!”と残念ですが、さらなる大きなお楽しみが再来年に待っているってことですから、楽しみに待ちたいところですよね。この冬には、嬉しいことに『ひとよ』がありますから。是非、劇場でお楽しみください!

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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