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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

神秘的な性愛シーンに魅入られる!北欧ミステリー×ダークファンタジー 『ボーダー 二つの世界』の監督にインタビュー

  • 折田千鶴子

2019.10.09

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原作は『ぼくのエリ 200歳の少女』の作者による短編

もう随分長いこと、日本でも北欧ミステリーが人気です。私も、かつて小説「ミレニアム」三部作にハマり、ハリウッド版ではないスウェーデン/デンマーク製作のオリジナル版『ミレニアム ドラゴンタトゥーの女』(09)にはじまるシリーズに熱狂して以来、ずっと北欧ミステリーに目が釘付け状態です。

冷たい湿り気を帯びた暗さ漂う、静謐で神秘的な北欧の世界観。そんな風景に、哀しみのような詩情が混じり込んだ空気感……そこで展開される人間ドラマが色濃く滲んだミステリーに、どうにも心惹かれずにはいられないのです。

そんな北欧ミステリーの魅惑に満ちた、ダークファンタジー映画『ボーター 二つの世界』が公開されます!

本作でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリを受賞した新鋭アリ・アッバシ監督に、スカイプ・インタビューする機会を得たので、色々と聞いてきました! なんとイラン出身で最初は工科を学んでいたという、異色のキャリアの持ち主です。

アリ・アッバシ監督
1981年、イラン生まれ。工科大学での研究をやめ、建築を研究するためスウェーデンのストックホルムに移住。07年、建築学の学士を取得。その後、デンマーク国立映画学校に入学。初長編監督・脚本作『Shelly』(16)がベルリン国際映画祭でプレミア上映される。

 

とても哲学的なものの見方をされる鬼才という印象ですが、お話をすると非常に気さく。処女作の『Shelly』は日本未公開ですが、不気味で怖くて、でも優しくて……その静謐な世界観に魅せられずにいられない面白さなんです!! ジャンルに分けると、これはホラーになるのかもしれませんが、すごく文学の香りのする作品というか……。

さて、『シェイプ・オブ・ウォーター』のギレルモ・デル=トロ監督が大絶賛した『ボーダー 二つの世界』は、“え、こんな世界、わたし覗いていいの!?”と微かに頭をよぎる、人間世界に異世界がフッと流れ込んでくる不思議で悲しくて美しい物語。原作は、日本でも映画が大きな話題になった『ぼくのエリ 200歳の少女』(08)の原作者(原作小説は「モールス」というタイトル)ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストさん。なるほど、北欧テイスト満載も当然ですね!!

 

ヒロインは、税関職員のティーナという女性です。
“特殊”と言えるほど鋭敏な臭覚の持ち主で、違法物を持ち込む人間を嗅ぎ分ける仕事をしているティーナは、異形とさえいえる、あまり美しくない容姿のせいで、孤独な人生を送ってきました。ある日、税関を通ったヴォーレという男性に何かを感じて呼び止めますが、彼は違法なものは何も持っていませんでした。数日後、ヴォーレを夕食に招いたティーナは、少しずつ惹かれていくのですが――。

 

「ボーダー 二つの世界」
監督:アリ・アッバシ
原作・脚本:ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト『ぼくのエリ 200歳の少女』
2018年/スウェーデン・デンマーク/スウェーデン語/110分/ R18+
配給:キノフィルムズ
公式HP:border-movie.jp 
TWITTER:border_movie_JP
©Meta_Spark&Kärnfilm_AB_2018
10月11日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開

――一瞬たりとも目が離せない不思議な物語でした。中盤でヴォーレが人間を敵対視する衝撃の展開がありますが、どうしてもヴォーレを憎めず、ヒドいことをしても嫌いになれませんでした。

アリ監督「実は、僕が個人的に最も共感できるのがヴォーレなんだ。思い入れが強いキャラクターで、彼がどんなことをしようとも、愛して欲しいと思っていたから、その反応は嬉しいな。ヴォーレには、ティーナが彼の側か別の側かを選び難いような行動をさせたい、という意図もありました。人から酷い扱いを受け、それが積み重なっていけば、相手を傷つけるという行動や芽生える憎しみの感情は、ごく自然なことですよね」

――ティーナは初対面でヴォーレに“何か”を嗅ぎ取り、興味を持ちます。そこから惹かれていくわけですが、“同族”としての“生理的・本能的”な共感や親しみが強かったのでしょうか。それとも純粋に男女が劇的な恋に落ちる激情が走ったのでしょうか。

「脚本の段階で、それについても話し合いました。確かにティーナは同族である匂いを感じ取ったには違いない。でも同時に、互いが未知の存在であり、それゆえ怖いという感覚も覚えたハズ。誰かに惹かれるとき、その感情の組み合わせは、これ以上ないほどのものだよね!? 気になるが怖い、という。でも黒人と白人と黄色人種が惹かれ合うことに何ら不思議がないのと一緒で、同族か否かはそれ以上、大きな意味はないと思います」

「この物語におけるヴォーレの役割は、ティーナに“初めて愛される経験を与える”存在、且つ真実までの道のりへと導く存在でもある、ということなのです」

 

 

親密な瞬間から、ワイルドな瞬間まで……

ティーナには一緒に暮らす男性がいますが、恋人や夫婦というわけではないようです。どうやら金づるというか、寝食を提供させられている状況のようで、女を連れ込むのも平チャラな男。もう、観ていてイヤになってきます。でも生まれつき“醜い”と自覚しているティーナは、孤独よりましだと、そんな状況に甘んじているのですが……。

――ティーナとヴォーレが初めて交わすセックスシーンが、すごく神秘的で美しく、未知の領域に踏み込む怖さもあって、実はすごく好きなシーンです。ティーナが発見していくような驚きの表情、その過程がリアルで神秘的で。俳優が特殊メイクでの性愛シーンの演出は、どんな苦労や工夫がありましたか。

「ごく一般的なことを言えば、アクションのスタントシーンと同じようなアプローチ。アクションでは、危険が何もないように準備を万端に整え、スタントマンを呼ぶ。今回も技術的なプランニングも含め、非常に周到な準備をしました。演じる2人のポジションを決め、どこから撮るか、何をどう映すか、あるいは映さないか、細かく決めていきました」

「映画全体の中で、このシーンを本質的にどう捉えるか、その意味や意義は、編集が終わるまで分からないだろうと思っていたんです。とても親密な瞬間でもあるけれど、どこか獣的というか、少しアブノーマルに感じられるよう、そのバランスをどうつけるかも編集段階で決めようと思っていて。だから繊細で親密な瞬間から、ワイルドな瞬間まで、とにかく色々な素材をたくさん撮りました」

「手前勝手な解釈ですが、2人の俳優にとっては、特殊メイクという“マスク”をしていることが役立ったんじゃないかな。そのお陰で自分自身から距離を置き、逆に自分を開放できたのでは、と思いました」

 

ティーナは2つの世界の境界線上に立つ存在

既にご想像どおり、ティーナとヴォーレは純粋なる人間種族ではありません。かの『アナと雪の女王』にも登場する、北欧に言い伝わるある生き物です。しかもティーナ自身、それを知らずに、違和感を覚えながらこれまで生きて来たのです。しかし遂に、ヴォーレによって出生の秘密を知ることになるのです!!

――出生の秘密を知ったティーナが、ヴォーレ側に行くか、人間界に留まるか。ドキドキしながら見つめていました。原作とは少し変えたそうですが、この結論に至るまでに、どんな風に逡巡しましたか。

「原作は、僕からすると少しハッピー過ぎるように感じて。すごく悲しくてメランコリックな物語に対し、ハッピーなラストに合点がいかなくて。ティーナは、2つの世界に足を片方ずつ込んでいる。その2つの世界は決して1つになることはないし、その間の軋轢も決して解決はできない」

「最終的にティーナは、どちらでもなく、どちらでもある、という存在になっていくんじゃないかな、と考えました。独自の“第三のアイデンティティ”を自分の手で創り上げていく、と。2人の決定的な違いは、ティーナには人間に対し、共感力や思いやりがある点。でも出生を知ってしまった以上、完全に人間界で生きていくことも難しい。そもそも彼女自身、そう願っていないだろうし。つまり彼女は、まさに2つの世界の境界線上に立ち、そこで新たなアイデンティティを作っていく存在なのです」

 

 



ティーナの経験をなぞらえた音作り

――前作でも、気持をザワつかせる音使いに非常に反応させられましたが、本作でも、色んな音に気持ちが揺れました。あるいは森の静寂に癒されたり、感覚を研ぎ澄まされたり。音使いのこだわりを教えてください。

「確かに僕は、音使いには人一倍こだわるタイプ。特に、画と音の組み合わせに興味があるんだ。音ってそれ自体、物語を語る上で、とても有効な手法だと思う。本作では、静寂と神秘的な自然を組み合わせ、ティーナが故郷に帰ったかのような居心地の良さを感じられるように見せたかった。でも、映像でファンタスティックに作り込むのは何か違う気がして。ビジュアルではなく音で、神秘を感じてもらいたかったんです」

「全体的な音のデザインは、機能的に、ティーナの経験をなぞっていくように作りました。主観的すぎないように気を付けつつ、すごく表現主義的なミニマリズムなアプローチをしてみました」

 

そんな風に褒められても…な賛辞は…!?

――さて、『シェイプ・オブ・ウォーター』のキレルモ・デル=トロ監督をはじめ、各所で本作は大絶賛されています。でも、そんな中で“有難いけど、ちょっと違う”と感じた賛辞もあったりしませんか?

「確かに(笑)、あるイギリス人ジャーナリストが、“君は第二のギレルロ・デル=トロだね”と誉めてくれたのですが、言いたいことは分かるけれど、“ちょっと違うんじゃないかな”と思いました。だからつい、“いやぁ、役者の演出は僕の方が上じゃない?”と言ったら、場が凍り付きました(笑)」

「もちろんデル=トロ監督の作品は好きです。でも、作品の世界観や目指しているもの、ものの嗜好は結構、違うような気がするんですよね。そもそも“誰かの次”とか“第二の”っていうのは、ちょっと……ね(笑)。二番煎じにはなりたくないな、って気持ちがあるから居心地が良くないなぁ」

――逆に、“まさにそれそれ、それが言われたかったの!! ”と膝を打った賛辞は、何か覚えていますか?

父親からの賛辞が最高に嬉しかった。僕の父は医者で、いつも“日本人っぽいよね”と冗談を言うくらい、すごく控え目で礼儀正しく、思いやりがある人間なんです。もし息子が撮っていなければ、こんな映画を観るような人間では全くなくて。そんな父が観てくれた時、“完璧に映画が理解できたよ。この物語に必要だから、時に刺激的で扇情的/扇動的な表現をしていたね”と。それがなんだか、すごく胸に響きました。映画のターゲット層からはかなり遠い父親ですが(笑)、この物語をとても理解して、美しい言葉で表現してくれたな、と思いました」

 

果たしてティーナの出生の秘密とは、ティーナが犯行を鼻で嗅ぎつけた人身売買事件の行方は、そして人間を憎むヴォーレが起こした衝撃の事件とは、そしてそれはどう決着するのでしょう。

世界に存在する、他者への不寛容、自分と他者、排除意識、美醜と善悪、性別や貧富がもたらす差別、そして国籍や人種、種族……。

ジャンルレスでもある本作には、本当に色んなテーマや問題がグルグルと渦巻き、味わい深く、そして目を逸らせぬ緊迫感と、忘れ難い瞬間にあふれています。

怖いもの観たさでいいので、是非劇場に!! ご覧いただければ、きっとハマること間違いなしの傑作です!

 

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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