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中沢明子

ミシェル・オバマの自伝『マイ・ストーリー』が、「普通」の私たちの心にも響くのはなぜだろう?

  • 中沢明子

2019.09.29

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世界で1000万部が売れた大ベストセラー
ミシェル・オバマの初の自伝『マイ・ストーリー』

 

ミシェル・オバマ(Michelle Obama)●1964年、アメリカイリノイ州シカゴ生まれ。プリンストン大学、ハーバード・ロー・スクールを経て、有名法律事務所に入社し、弁護士となる。その後、シカゴ市長執務室、シカゴ大学、シカゴ大学病院でキャリアを築く。法律事務所で出会ったバラク・オバマとは’92年に結婚。2009年、夫が第44代アメリカ合衆国大統領に当選。アフリカ系として初の大統領夫妻となる。以後、’17年までファーストレディとしてアメリカ国内はもとより、世界中を駆け巡り、聡明なスピーチや立ち居振る舞いと力強い存在感でミシェル旋風を巻き起こす。現在もワシントンDCに在住し、オバマとともに設立したプロダクション「Higher Ground Production」の運営に関わり、先日、Netflixと共同制作したドキュメンタリー作品『American Factory』をリリースしたばかり。大統領就任当時は幼かった長女のマリアはハーバード大学在学中、次女のサーシャもこの秋から大学進学を予定している。

オバマ夫妻 公式サイト

ミシェル・オバマ Instagram

 

ミシェル・オバマという人は、伝え聞く学歴やキャリアがあまりにも完璧に正しすぎて、実像がわかるようでわからない部分があった気がする。しかし、彼女の初めての自伝『マイ・ストーリー』を読んで驚いたのは、こんなにも人間くさい人だったのか!ということ。そして、「私たち」と同じような悩みを抱えて生きてきたこともわかって、思わず共感してしまう。雲の上の存在だったミシェルが、なんだか古い友達のように感じるほどだ。

 

裕福とはいえない地区で育ったミシェルは、負けん気の強さが功を奏して勉強が良く出来る少女で、その努力と成果は、さすがに非凡だった。ただ、今は社会貢献活動に熱心なミシェルにしては少し意外だが、若い頃は主に自分の社会的立場のステップアップが目的で、目前の試練に勝ち続けた先の人生について、それほど深く考えていなかったらしい。

 

ところが、理想を追い求めるパートナー、オバマに出会って、彼女は変わった。夜中に天井を見つめているハンサムな彼に「何を考えているのか」と問うと「ああ、ちょっと所得の不公平について考えてただけさ」と照れたように答えた、というエピソードを知るだけでも、オバマの強烈な個性に惹きつけられるのは当然の成り行きのように思える。しかし、ミシェル自身も秀でた能力を持つ、バリバリのキャリアウーマンだ。単に影響を受けて振り回されるだけではない。

 

アメリカ大統領という職務は家族を大きく巻き込む大仕事。素晴らしいキャリアを持つミシェルが、「大統領選に負けたら政治から完全に身を引いて別の仕事につく」を条件に、キャリアをいったん休み、夫と力を合わせて大統領選を戦った回想から、自身も大統領になりたかったヒラリー・クリントンとも異なる、ミシェルの人生観が垣間見えて非常に興味深い。いわゆる上昇志向は持っているが、権力志向は持っていない、というべきか。オバマから強い影響を受けながらも、ただ巻き込まれるだけではなく、家族のより良き人生が破壊されないよう、しっかりハンドリングするのがミシェルなのだ。

ミシェル・オバマ『マイ・ストーリー』字幕つき

 

 

『マイ・ストーリー』は、とても分厚い本だ。本好きといえども、おそらく、あっという間には読めない。だが、興味深く読み進めているうちに、いつの間にか、ページをめくる手が止まらなくなる。アメリカでは発売後、2週間足らずで2018年に全米でもっとも売れた本「Best Selling Book」に認定され、世界中ですでに1000万部を突破したという。それだけ売れた理由は、やはり「すごく面白い」からだ。単にアメリカの元ファーストレディが輝かしい過去を振り返った内容だったら、こんなにも多くの人に読まれない。彼女の稀有な人生の一端を垣間見られるのも面白いが、一方で、驚くほど「私たち」と変わらない「普通」の感覚、悩みを持つ、現代女性のひとりに皆が共感したからこそ、ベストセラーになったのだろう。

 

本書の原題は『BECOMING』という。章立ては「BECOMING ME」「BECOMING US 」「BECOMING MORE」。つまり、大きく分けて、自分のアイデンティティを育んだ若い時代、オバマと出会い、ファーストレディになるまで、ファーストレディになってから「政治には口を出さず」自分らしく、今の自分の立場を活かせる活動を模索した頃を書き記している。BECOMINGという言葉に込められた意味を説明するのは野暮なので、あえてしないが、章立ての内容がクリアなうえ、日本語訳も非常に上手で、とても読みやすく、理解しやすい。分厚い本なのに意外とするする読めるのは、この章立てと日本語訳の巧みさによるものだと思う。

 

私自身は、前半の愛情深い両親や兄と過ごした少女時代のエピソードの数々に、特に胸を打たれた。ミシェルの母は「私は赤ちゃんを育ててるんじゃないの。大人を成長させているの」とよく言っていたそうだ。「母も父もルールよりガイドラインを与えてくれた」とミシェルは記している。すごく大切で、素敵な「教育方針」だと思う。ついつい口うるさくなってしまいがちな大人が心に留めておきたい指針ではないだろうか。

 

ちなみに、現在、ミシェルはオバマと「Higher Ground Production」というプロダクションを運営しており、Netflixと『American Factory』というドキュメンタリーを共同制作し、リリースしたばかり。中国の企業に売却されたアメリカの工場を追った作品で、アメリカと中国の仕事観や文化の違いからくる摩擦、衰退していくアメリカの工場の現実を客観的に描き、大きな話題を呼んでいる。オバマ夫妻の「これから」に注目が集まるなか、ぜひチェックしておきたい作品だ。

 

『American Factory』トレーラー映像

 

共感ポイント、感動エピソードがもりだくさん!

 

 

 

8月23日には『マイ・ストーリー』発売を記念したトークセッションが行われた。登壇者は左から、山本知子さん(株式会社リベル代表取締役・仏語翻訳者)、篠田真貴子さん(「翻訳書、ときどき洋書」連載中)、小島慶子さん(エッセイスト・タレント)、長内育子さん(エクラ編集長)。それぞれが本書の共感ポイントや感動したエピソードを披露しあい、大盛り上がりだった。

 

「フルタイムで働くお母さんの苦労は共通なんだな、と思いました。それから、ミシェルのお母さまの言葉が生きていく知恵満載。たとえば、弁護士になったもののやりたいことが見つからないと悩むミシェルに“とりあえずお金を稼いでから悩むことよ”とサラッというあたり、確かに!と」(篠田さん)

 

「ミシェルはアフリカ系が少ない大学や職場で過ごしたから、無視されたり、軽んじられたりする側の気持ちをよく知っています。ファーストレディになっても、自分の体験を忘れず、その体験を活かした行動や”ふるまい”ができる人だと思います。ここは非常に重要な点ですね」(小島さん)

 

「等身大でありながら、深い感情をシンプルに表現するミシェルの言葉は翻訳が難しい部分もあったようですが、BECOMING、という言葉ですべてを有機的につなげているのが素晴らしいと思います」(山本さん)

 

「効率の良い伝え方の手段としてファッションを利用しているのも、ミシェルの魅力です。一流ブランドからファストブランドまで、TPOに合わせたスタイリングはいつも注目しています。就任式後の舞踏会では当時まだ26歳の若手だったジェイソン・ウーを着用し、来日した折にはケンゾー、イタリア訪問ではミッソーニなど、彼女が服で伝えたいメッセージを読み取るのも楽しいです」(長内さん)

 

読書の秋の1冊として、ぜひ『マイ・ストーリー』を手に取り、たくさん共感してくださいね。

 

ライター 中沢明子

中沢明子 Akiko Nakazawa

ライター・出版ディレクター

1969年、東京都生まれ。女性誌からビジネス誌まで幅広い媒体で執筆。LEE本誌では主にインタビュー記事を担当。著書に『埼玉化する日本』(イースト・プレス)『遠足型消費の時代』(朝日新聞出版)など。

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