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峰典子

うま味とうま味調味料(MSG)を正しく理解しよう【後編】

  • 峰典子

2019.08.07

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うま味の歴史は、「味の素®」の歴史

甘味、塩味、苦味、酸味に続く第五の基本味である、うま味。良く聞かれるようになりましたが、実際のところどんな食材に多く含まれているか、ご存知ない方もいらっしゃるのではないでしょうか。代表的なうま味成分であるグルタミン酸を豊富に含む食材としては、昆布やトマト、チーズなどが挙げられます。

このうま味を手軽に味わえるようにと考えられたのが、皆さんもご存知の、うま味調味料「味の素®」です。1908年に、東京帝国大学教授の池田菊苗博士が、昆布だしのおいしさの成分がグルタミン酸(MSG)であることを発見。これを「うま味」と命名しました。そしてグルタミン酸を主成分とする調味料、グルタミン酸ナトリウム(Monosodium Glutamate、略してMSG)の製造法を発明し、特許も取得します。これがうま味調味料「味の素®」として世界的な商品に成長していくわけですが、とはいえ、その過程にはたいへんな苦労があったそうです。(うま味の基礎知識は【前編】で!)

大正時代から続いた風評

「味の素®」の名が知られ出した大正初期、どういうわけか「原料はヘビだ」という風評が生まれました。最初は噂話だったものが、いつしか雑誌にまで掲載。これを否定するために味の素㈱が声明を発表する事態になったといいます。

60年代になると、公共放送が「味の素®」という固有名詞が使えないため、商品名の代替として「化学調味料」という呼称を使うようになりました。その頃、化学という言葉のイメージは非常にポジティブだったのです。その後、ヘビ原料説よりもずっと深刻な事態が起こります。まず1968年にアメリカで、中華料理店で食事をした人の中に頭痛や顔のほてり、しびれといった一過性の不快感があったと報告され、それが「中華料理店症候群」と呼ばれ、うま味調味料(MSG)との関係が指摘されました。翌1969年にはアメリカの医師が科学雑誌「Science」に論文を投稿。内容は、生まれたばかりのマウスに大量のMSGを皮下注射したところ異常が発生したというもの。ただこの方法では、他の物質でも何らかの異常が起こったはずです。しかし、これを受けてアメリカではMSGのベビーフードへの使用を制限、日本でも「味の素®」は大きな打撃を受けました。

さらに70年代以降、公害などの社会問題によって人々は化学物質に対する不安を感じるようになっていきます。調味料として販売されているものだけでなく、加工食品に食品添加物として使用されるうま味調味料(MSG)についても、化学調味料=ネガティブというイメージが広がっていきました。

これらに対して、うま味調味料(MSG)メーカーの先駆けである味の素㈱はさまざまな活動を行いましたが、安全性を完全に証明できるまで論争は長期化。実に20年近くたった1987年、ついにFAO/WHO合同食品添加物専門家会議(JECFA)がMSGは安全だという最終評価を行いました。またアメリカ食品医薬品局(FDA)も1995年にMSGの安全性を再確認しています。

初の試みとなる「World Umami Forum

風評とうま味調味料(MSG)に因果関係がないことが科学的に示されても、アメリカであまりにも長期間にわたって続いた安全性論争の影響などから、ネガティブイメージは未だに根強く残っています。昨年秋には初めて味の素㈱主催の「World Umami Forum」がニューヨークで開催されました。2018年は1908年の「うま味」発見から110周年となる記念の年。これを機に、風評の発信源となったアメリカでMSGに関する正しい情報を発信し、世界中の消費者の誤解を解くというのが目的だったのです。

発酵食品が大好きな日本人にとって、うま味はおなじみ。しかし、アメリカ人は、うま味を意識することが少ない。トマトやチーズといった様々な食品や、母乳にもグルタミン酸が含まれていること。そもそも、うま味調味料(MSG)は化学合成ではなく、さとうきびなど原料を発酵させて作っており、この作り方は味噌や醤油といった日本の伝統食品と同じだということを説明すると、驚きの声も聞かれたそう。

皆さんも「化学調味料無添加」などの表示がある商品をよく見かけるのではないでしょうか。しかし、このような表示では、安全性が認められているにもかかわらず、MSGを使用しない食品が使用した食品よりも安全だという印象を受けます。こうした状況を受け、消費者庁では今年4月に「食品添加物表示制度に関する検討会」を発足させ、消費者に必要な情報を正確に伝えるにはどのような表示が最適なのか検討を開始しました。実際に、「化学調味料無添加」という表示をなくしたメーカーも見受けられます。

世界のベストレストランとして名高い、デンマークのレストランnoma(ノーマ)には、うま味素材の開発担当者がいるそうです。また、ロンドンではうま味をコンセプトとしたレストランが話題になっています。世界の料理人を夢中にさせているUMAMI。そのUMAMIを活用し、料理にほんの少量使うだけで素材の持ち味を引き出すことができるのがうま味調味料(MSG)です。このような理解が深まることが、MSG、そして「味の素®」に対する誤解払拭への一歩なのだと思います。

峰典子 Noriko Mine

ライター/コピーライター

1984年、神奈川県生まれ。映画や音楽レビュー、企業のブランディングなどを手がける。子どもとの休日は、書店か映画館のインドアコースが定番。フードユニットrakkoとしての活動も。夫、5歳の息子との3人家族。

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