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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

【香取慎吾さん×西田尚美さん『凪待ち』インタビュー】 香取さんの“ろくでなし”熱演が泣ける!

  • 折田千鶴子

2019.06.25

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今、最も勢いのある白石和彌監督作

香取慎吾さんが主演した『凪待ち』が、ハンパなく面白いのです!

監督は、『凶悪』『孤狼の血』など、ちょっとLEE読者の方々は敬遠しそうな、男臭ギットギトな作風を持ち味とする白石和彌さん。と言っても、きっと蒼井優さん主演の『彼女がその名を知らない鳥たち』の監督と言えば、みなさんもきっとご存知ではないでしょうか。

ザ・オトコな作品を多く撮られて来られましたが、ここまでハズレなしで面白い作品を連発し続ける監督――しかもすごい熱量で――は今、白石監督がトップではないでしょうか、と勝手に思っているほどです。

さて、そんな白石監督の新作『凪待ち』に主演された香取慎吾さんと、香取さんの恋人を演じた西田尚美さんがLEE Webに登場してくださいました!!

香取慎吾●1977年1月31日、神奈川県出身。91年にCDデビュー。代表作に大河ドラマ「新選組」(04)、「西遊記」(06)、映画『THE 有頂天ホテル』(06)、『ザ・マジックアワー』(08)、『座頭市 THE LAST』(10)、『人類資金』(13)、『クソ野郎と美しき世界』(18)など。18年にパリのルーブル美術館で初個展「NAKAMA des ARTS」を開催。19 年3月~6月(終了)に日本初の個展「サントリー オールフリーpresents BOUM! BOUM! BOUM! 香取慎吾NIPPON初個展」を開催。来場者数10万人を突破したことでも話題に。オフィシャルブログ『空想ファンテジー』を日々更新中。 
西田尚美●1970年、2月16日、広島県出身。モデルを経て女優に。代表作に映画『秘密の花園』(97)、『ナビィの恋』(99)、『南極料理人』(09)、『図書館戦争』シリーズ(13、15)、『友罪』(18)、『生きてるだけで、愛。』(19)ほか。近年のドラマ出演作に「三匹のおっさんシリーズ」(14~18)、「メゾン・ド・ポリス」「集団左遷」「長閑の庭」「スカム」(全て19)など。舞台でも活躍。公開待機作に『新聞記者』(6月28日)、『五億円のじんせい』(7月20日)がある。
撮影:菅原 有希子

 

 

この『凪待ち』で香取さんは、何と“かなりのろくでなし”男・郁男に扮しています!

恋人・亜弓のヒモ状態の郁男が、亜弓の故郷・石巻で人生をやり直そうとするのですが……。働き始めた印刷工場で同僚の話を耳にし、止めたはずのギャンブルに再び手を出してしまうのです。そんなある晩、夜になっても帰って来ない亜弓の娘・美波を探しに出た郁男と亜弓は車中で激しい口論となり、郁男は亜弓を車から降ろしてしまいます。別行動となった郁男は無事、美波を見つけますが、その夜更け、何者かに殺害された亜弓が発見されるのです――。

『凪待ち』
監督:白石和彌
出演:香取慎吾、恒松祐里、西田尚美、吉澤健、音尾琢真、リリー・フランキーほか
2019年/日本/2時間4分/配給:キノフィルムズ/公式サイト:nagimachi.com/
6月28日よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
(C) 2018「凪待ち」FILM PARTNERS

現場では既にアイドルではありませんでした(西田)

――まずは、脚本を読んだときに感じたことを教えてください。

香取「脚本を読んだ瞬間に“これは面白い作品だ!!”という感じはなかったんです(笑)。すごく静かな物語で、派手なアクションシーンが書き込まれているわけでもなく、脚本だけでは見えない部分がたくさんあり、少し不安もありました。実際に出来た映画ではアクション的なシーンがかなりありますが、脚本にはほんの一行、“郁男が殴られた”としか書かれていなくて。でも撮影が始まったら、一気に広~い世界になっていきました」

西田「私も、石巻という町に行ってみないことには何も分からないな、と感じました。空気感を含めた“地域にすごく助けられる映画になるんだろうな”と直感はありました。しかも本当にダメな人の話だから、ホン(脚本)を読んでも想像できない分、それを香取さんがどうやるんだろうな、とすごく楽しみでした」

――郁男は、本当にダメな男ですものね。

香取「はい。撮影が進んでいくうちに、監督が“こうこう、こういう男です”と演出でどんどん広げて行ってくれた感じです。ただ、撮影前に監督は“僕はあまりヒューマンなものをやって来なかったので、今度はそういう映画を作りたいんです”っておっしゃってくれて。ところが実際に撮影が始まったら、毎日ボコボコに殴られ(笑)、あれ監督、言ってたことと違いませんか?って言いながら撮っていました(笑)」

西田「現場で香取さんを見たら、アイドル・香取慎吾はそこには居ず、既にその町に普通に住んでいるような人=郁男として存在していて。あの衣裳を身に付け、無精ひげを生やし、髪もボサッとなっていて、何もしていない、やさぐれ感がすごく素敵でした。石巻の風景の中、海風に当たっている姿が、すごくいいなぁ、と。撮影中は普通に寝不足だったのもあると思いますが、クマもすごくリアルで。そういうものに助けられ、映画って本当にスゴイな、と感じていました」

 

 

優しさが痛いって、初めて知りました(香取)

――“俺はどうしようもないロクデナシです”と郁男のモノローグから始まりますし、そんな郁男を香取さん自身も“とことん逃げる男”と語っています。役に入る前にどんなことを考えたのでしょうか?

香取「僕は撮影に入る前、役について考えることって全くないんです。いつも現場で、監督に言われた通りにやるだけで。だから演じながら、“本当にダメな奴だぁ”と初めて思いました。僕は郁男と比べたら、しっかり頑張っている方だとは思いますが(笑)、僕ってダメな人間にすごく優しくしちゃうタイプなんですよ。でも郁男を演じてみて、初めて優しさが痛いことってあるんだなぁ、と思ったんです。優しさが辛い、こんなに痛いこともあるのか……と」

亜弓の娘と3人でお食事中。この後、亜弓の元旦那が登場し、なんかイヤ~な雰囲気に。娘の美波は、実の母親以上に、郁男にめっちゃ心を許しています。

西田「そんな郁男を、亜弓は放っておけないんだと思います。一緒に居て、すごく好きだからこそ“いい加減にしなよ”って言葉で強いことを言うけれど、それって自分に対しても言ってるんだな、と。郁男から離れられないというか、亜弓も多分すごく弱いところがあるので、ダメな郁男と支え合っている側面があるのではないかと思いつつ、一緒に居ました」

――でも郁男のダメさを見ていると、男の人って誰もが多かれ少なかれ、みんな持っているような気がしました。

香取「もちろん僕自身にも、そういう面があります。よく“慎吾ちゃんには、こんな所はないでしょ?”と言われますが、基本アイドルなので(笑)、常に笑顔でいるようにしています。でも半分以上は郁男みたいなところばかり。辛いことや苦しいこともたくさんあって、下を向いてしまうときも一杯あります。だから郁男に共感する部分は、すごくありました。例えば、郁男は何も考えていないから人生が上手くいかないわけではなく、実は一人で歩いている時も色んなことを考えているんだな、とフと感情移入することも多々ありました。あまり人に心を開かない、閉ざしている面も一緒だな」

西田「え!? ショック~(笑)!!」

――特に郁男の場合は、恋人が殺されてしまうという事態に陥り、“ろくでなし”ぶりにさらに拍車が掛かってしまいます。でも、その時に手を差し伸べるのが……という展開に、終盤では涙と感動がグワッとせり上がって来ました!!

西田「人間ってそんなに強くないし、そんなにみんな立派じゃない気がするんですよね。表向きにちゃんとしている人たちでも、普段、周りには見せない部分というのはあると思います。だから、そういう弱いところを見せられちゃうと、何をするわけでもないけれど、一緒に居て寄り添うだけでも違うと思う……というか、郁男みたいな人を放っておけない人って、一杯いるんじゃないかな、とも思いました」

 



石巻でリアル「突撃!隣の晩ごはん」!?

――土地の力をいただいた、石巻での思い出は!?。

西田「石ノ森章太郎さんのご出身地ということで、サイボーグの電車があったのも印象的でした。海のものが美味しかったな、というのが印象に残っています」

香取「美味しかったね~」

西田「香取さん、一杯、ごちそうになっていましたよね(笑)!」

香取「い~っぱい(笑)。撮影をしたご近所のお家にピンポン~って訪ねて行って」

――冗談ですよね⁉

西田「本当ですよ!! 本当に、普通にロケ撮影している家の隣の家に居るんですよ(笑)!」

香取「そこに家があったんで(笑)。撮影中はほぼず~っと、ピンポ~ンって行っていましたね。そのお家のリビングが、僕の控室だったというか、その家のお母さんやお祖母ちゃんと、とみんなで過ごしていました」

西田「そこで美味しいものを、たくさんいただいたんですよね。そのお家が漁師さんだったらしく、香取さんは美味しいものをたくさん出していただいたらしいです。知らなかった私が、外でお手洗いを探してウロウロしていたら、いきなり香取さんが“西田さん、こっちでお手洗い借りればいいじゃん”って、隣の家から言ってきて(笑)。“どうぞどうぞ”と自分の家のように招いてくれて、結局、私までそのお家に上がらせていただいて」

香取「僕は毎日、行ってたんです。だから毎日、美味しいものをいただいて。撮影が終わった後、ご挨拶に行き、お父さんたちとビールを飲んで帰ってきました」

西田「本当に、すごく楽しそうでしたよね」

 

――一度読んだら撮影直前まで台本を開かないというやり方に、白石監督も“天才肌”と驚嘆されていたようですが、そんな香取さんと演技を交わされて、西田さんはどんな感触を持ちましたか?

西田「え、それって本当に本当? 1回で記憶しちゃっているんですか?」

香取「試験勉強をギリギリにする感じです。だって一度読んだら、あんまり見たくないし(笑)。あとはシーン前の撮影時に見ますが」

西田「流れは最初に読んだときに覚えておいて、直前にパッと頭に入れる感じ?」

香取「そんな感じです。ご一緒したシーンもそうですね」

西田「え、あの車中のシーンも?」

――2人が車中で喧嘩をするシーンは、観ている方も何かが起こりそうと嫌~な気持ちになるシーンでもあり、物語の転換ともなる重要な場面ですよね。

香取「あのシーンを思い出すと辛いですよね。あの瞬間に何か一つ、何かが違っていたら、その後の展開もすべて変わっていただろうし。でも現実って、ああいう歯車が狂った瞬間に、起きるはずもない次の出来事が起こるんだよね。そのリアルな空気がすごく漂っていて、すごく気持ち悪かった……」

西田「すごくリアルだったよね。決まっている台詞なのに、ものすごく生っぽかったのを覚えています。その場で出た生のリアクションも監督が採用しながら撮影を進めていた気がしますが、あのシーンも、そのやり方で?」

香取「そう、その1つ前のシーンの時に、読み始めて」

西田「嘘でしょ~!!  私、この後殺されちゃうんだ、郁男はその後、一生それを引きずって生きていくんだって思ったら、すごくいたたまれなくて、つらくて。私は台詞覚えが悪いから、そんな風には絶対にできないなぁ。勘がいい人って、本当にいるんですねぇ」

香取「いえいえ、郁男と同じように、ろくでなしなだけなんです(笑)。演技を始めた頃から、ずっとそのやり方なので……」

西田「すごいなぁ……尊敬します!!」

香取「いやいや、逆に僕は色々と考えて覚えてしまったのに、現場で全く違う演出をされたら、“え!? ”と思うだろうし、それが嫌なんです。だから何も知らずに行って、そうか、ここでそういうことをやるのか~と対応した方が楽なんです。何なら郁男を演じるのも、孫悟空を演じるのも、全く同じ。監督に言われたことをやっただけなんです」

西田「それが普通は、なかなかできないものなんですよ!」

 

――では最後に、この映画をご覧になられる観客にメッセージを。

最初は郁男と目も合わせようとしなかった、亜弓の父・勝美(吉澤健)と。少しずつ不器用に近づいていくのが、また胸に染みるのです!!

香取「エンターテインメントとして最後にバーっと光が差すような映画もありますが、本作はそういう作品ではありません。でも、もがきながらでも諦めなければ見えてくるものがある……くらいは感じられるかもしれません。だって本当に郁男には諦める瞬間がたくさんありましたが、微かに繋がっている部分が、生きる道を繋いでいると思うから。そのくらいを感じさせて映画が終わっていく感じが、僕はすごく好きなんです」

西田「郁男が本当に船の上で揺らいでいるように、彼はどっちに行くんだろうと明確ではなく、“もやっとした感じ”が、私もこの映画の良いところだと思います。だから観てくださる方それぞれが、その時々に感じた気持ちを味わっていただきたいです」

 

是非是非、これはもう絶対に、映画館の大スクリーンで郁男というダメ男の、再生の兆しが感じられるまでを味わっていただきたいです。お腹の深~いところに、ズドンと感動が響くようなそんな濃密で味わい深い1作なので。

そう言えば本作で香取さんが演じたような、“生々しく、年相応の悲哀を背負った中年男”と言えば、今年の2月に公開された稲垣吾郎さん主演×阪本順治監督の『半世界』が思い出されてなりません。

『半世界』も素晴らしい作品でしたが、今回の香取さん同様、“アイドル離れ”した印象の強さから、そんな方向性を選んだのかを最後にチラッと聞いてみました。

香取「それは全くないですね。僕、これまでと変わらず、映画や仕事を選んだことがないんです。マネージメントしてくれている方が、「これ」というものをやるだけというか。そこは信じているので、今回も「これですか、これでいいですね!?」と言って、「よっしゃ!!」とやるだけ。(2人に重なった)中年男の悲哀な感じは、たまたまだと思います。というか僕らも年齢も40を過ぎたので、役に現実が差し込まれているだけ、のような気がしますね」

それはそれで納得というか、すごいなぁと感動というか。

映画『凪待ち』。香取さんの素晴らしい役者ぶりに、改めて惚れ惚れする快作です!!

 

 

折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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