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堤真一さんが35人のオーケストラとともに挑む、舞台『良い子はみんなご褒美がもらえる』

  • 中沢明子

2019.04.12

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オーケストラと一緒に舞台に上がることに、実はビビっています。

俳優たちと35人のオーケストラが共に舞台に立ち、密接に関わり合いながら、ストーリーが進んでいく――。斬新な仕掛けで話題の舞台『俳優とオーケストラのための戯曲  良い子はみんなご褒美がもらえる』がもうすぐ開幕します。

旧ソビエトと思われる独裁国家の精神病院の一室に送り込まれた、偶然同じ名前の男二人。誹謗罪でつかまった政治犯の男、アレクサンドル・イワノフ(堤真一)、自分はオーケストラを率いているという妄想に囚われた、アレクサンドル・イワノフ(橋本良亮)。彼らの共通点は名前の他に「社会からはみだしている人間」であるということ。1977年に初演された、同調圧力の強い「自由」な社会の「不自由」を問うこのストーリーは、時代の大きな変化を感じさせる混沌とした現代においても、観る者の胸に響くに違いありません。

舞台『ローゼンクランツとギルテンスターンは死んだ』や映画『恋に落ちたシェイクスピア』などで日本でも知られる、英国劇作家の巨匠・トム・ストッパードと作曲家アンドレ・プレヴィンによる異色作。3年前の『アルカディア』に続き、再びストッパード作品に挑む、堤真一さんにお話を聞きました。

 

堤真一
つつみ・しんいち●1964年、兵庫県出身。舞台、映画、TVドラマ、CMとジャンルを問わず幅広く活躍している。最近の主な舞台出演作は、『るつぼ』、『アルカディア』(16年)、『民衆の敵』、『お蘭、登場』、『近松心中物語』(18年)など。本年7月には福田雄一演出、ムロツヨシ共演舞台『恋のヴェネチア狂騒曲』が控えている。

 

堤真一さんは、この舞台のオファーを受けた直後、なぜ自分にこの役がオファーされたのかと戸惑ったといいます。

「オファーを受けた時、オーケストラがいると聞いて、『ミュージカル? 俺には無理無理! 歌えないよ!』と台本に目を通すことすらしなかったんです(笑)。でも、『歌わなくていい』と聞いて、そうなの? じゃあ、読んでみよう、と。読んでみたら、ト書きで書いてあるオーケストラの動きと、芝居する僕ら役者がリンクするところがとても面白いと思いました。ただ、面白そうだけど、どういう舞台になるのか、全く見当もつかない。だからこそ、演劇の可能性が拡がると感じ、やる意義がある、とお受けしました」

 

ストッパード作品を演じるのは2回目。前回の『アルカディア』同様、台本を読んだだけでは、つかみどころがないと思ったそうです。「オーケストラを背負って演じる舞台を経験するとは思ってもみなかったから、今は本当にビビっています(笑)」。オーケストラのメンバーとの稽古に入る前に役をしっかり入れておきたいと思う一方で、オーケストラを背負うことがプレッシャーにならず、助けになると思えるような舞台を作っていきたいと今は考えているとか。

「良い台本だ、とは思うんです。でも、結末に向かって、自分がどう演じていけばいいのか、よくわからなくて、予めの役作りができない。だから、共演者の皆さんと一緒にひとつひとつのシーンに集中して作っていくしかないですし、たぶん、そうすることで、この作品の魅力が浮きあがるんだろうと思っています。それから、今回、演出は外国人の方ですから、ディスカッションが多くなると思います。そこでは、どんなバカみたいな素朴な質問でもしやすいと思う。稽古場で、わからないことはわからない、と素直に訊ねて、共演者みんなでどんどん共有していけたらいいですね」

 

 

みんなが”良い子”になりがちな社会

 

「自由を奪われた時、自分だったらどうなるだろう、と考えさせられました」

 

堤さん演じるアレクサンドル・イワノフは政治犯で、旧ソビエトと思われる独裁国家で、自由な発言と行動を制限される役どころ。ちなみに、演出を担当するウィル・タケットさんが、この作品を上演するのに今は「パーフェクトな時」とコメントを寄せていました。

「先日、ドキュメンタリー番組で中国の強制労働所、馬三家で拷問を受けた人の証言を観ました。その人は筋肉隆々なんかじゃなくて、学者のような雰囲気の線の細い人でした。一見、とても拷問に耐えられそうには見えない。でも、意志の強さを感じました。それで思ったのは、身体が頑強だからといって拷問に耐えやすいわけではなく、強い意志が自分を支えるのかもしれないな、ということ。自分だったら、どうだろう、耐えられるのか、と考えさせられました。僕が演じるアレクサンドルも強い意志の持ち主ですが、俺は意志が強い!と声高な感じで演じるより、淡々と演じるほうが逆にいいかな、と今は思っています。それにしても、ハンガーストライキをするってすごいですよね。僕も小学校の頃、母親に少年野球のジャンパーを買ってほしいとせがんで、ハンストしたことがあるんですけど、夜にこっそりお菓子を食べちゃったのを思い出しました(笑)」

 

『良い子はみんなご褒美がもらえる』の本国でのタイトルは『Every Good Boy Deserves Favour』。これは五線譜を覚えるための英語の語呂合わせです。そこにはさまざまな意味が含まれていますが、堤さんが考える“良い子”とは?

「うーん、そうですね、みんな“良い子”になりがちですよね。悪いことは言われたくない、という気持ちは誰にでもある。特に独裁国家では命の危険もあるわけだから、“良い子”でいるほうが安全でしょうし。最近ね、生まれて初めて犬を飼い始めたんです。散歩に連れて行くと、まあ、よく噛んでくるし、叱ろうとすると元気に走って逃げていく。でも、悩んでいるんですよね。“良い子”でいてほしい気持ちもあるけれど、やんちゃな行動もとてもかわいい。やんちゃな部分を押さえつけたら、コイツじゃなくなってしまう気がして。おかしな話かもしれないですが、そんな我が家の犬を通して、“良い子”ってなんだろう、と考えているところです」

 

 

翻訳劇は”わかりやすい”

 

「翻訳劇は文化の差があるけれど、だからこそ、根っこの部分が浮かび上がりやすい、ともいえるんです」

 

翻訳劇の舞台経験が豊富な堤さんですが、「翻訳劇のほうが、むしろ舞台をあまり観ていない人にもわかりやすいのではないか」と言います。

「まず、優れた台本でなければ、日本でわざわざ上演しないでしょう(笑)。それから、文化の差があるのでわかりづらいと思う人もいるかもしれませんが、だからこそ、根っこの部分が浮かび上がり、人としての普遍性がピックアップされて“わかりやすい”と思うんです。世界中で何度も上演され続けているのは、そうした意味で深くて強い作品だと思う。今回の舞台も斬新な舞台設定ではありますが、そうだと思います」

 

最後に、堤さんにとっての“ご褒美”は何か、と訊ねると、それはもう、楽しそうに、身振り手振りを交えて、教えてくれました。

「この前、A3サイズも印刷できるでかいプリンターを買ったんですよ! モノクロ写真もきれいに印刷できるプリンターでね。買ってからびっくりしたんですが、何種類もインクを買わなくていけなくて、それが全部で数万円した。それって、要るか要らないか、といえば、要らないものじゃないですか。日常的に必要じゃないから。でも、家族の写真なんかを思い立った時にサッとプリントできる。日常の中の贅沢。僕にとって、あのプリンターはまさに“ご褒美”でしたね。それから、そのプリンターを置くための木の台を自分で作って。D.I.Yが好きなんですよ。CDを収める棚も作ったし、洗濯機と壁の隙間がもったいないから隙間ラックも作りました(笑)。そうだなあ、そう考えると、物を作る時間も僕にとって“ご褒美”かもしれませんね」

 

素顔はとっても気さくで楽しい堤さんですが、気迫に満ち、ずしんと心に響くアレクサンドルを魅せてくれるはず。舞台『良い子はご褒美がもらえる』を観に、ぜひ劇場へ!

 

取材・文=中沢明子   写真=齊藤晴香
スタイリスト/中川原寛(CaNN) ヘアメイク/奥山信次(Barrel)

 



『俳優とオーケストラのための戯曲 良い子はみんなご褒美がもらえる』

 

 

東京公演
TBS赤坂ACTシアター
2019年4月20日(土)~5月7日(火)

大阪公演
2019年5月11日(土)、12日(日)

大阪フェスティバルホール

http://www.parco-play.com/web/play/egbdf2019/

 

作:トム・ストッパード
作曲:アンドレ・プレヴィン
演出:ウィル・タケット
指揮:ヤニック・パジェ
出演:
堤真一/橋本良亮(A.B.C-Z)/小出伸也/シム・ウンギョン/外山誠二/斉藤由貴
川合ロン/鈴木奈菜/田中美甫/中西彩加/中林舞/松尾望/宮河愛一郎

 

中沢明子 Akiko Nakazawa

ライター・出版ディレクター

1969年、東京都生まれ。女性誌からビジネス誌まで幅広い媒体で執筆。LEE本誌では主にインタビュー記事を担当。著書に『埼玉化する日本』(イースト・プレス)『遠足型消費の時代』(朝日新聞出版)など。

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