ママの詫び状

母親が「躾」という言葉で美化した暴力を奮う時【ママの詫び状 第7回】

「子供に分からせるには叩くのも必要悪」? 大人の甘えと偽善

「二度とするものか」と強く思った。何一つ正当化なんてできるわけがない。私は、私の感情に負けたのだ。力でいうことを聞かせて、一体それで何が解決するというのか。そこには恐怖と不信しか生まれず、そして信頼は崩壊する。言葉のコミュニケーションに失敗し、理性を失い、他の手段や逃げ道が一切見えなくなっていた。あの瞬間の私は独善に支配され、ただ愚かで醜かった。幼い子供の目から見れば、恐ろしい力を持った怪物だった。

あの時、人は暴力をふるってしまった瞬間、自分がしたことの結果を見るショックで謝罪の言葉なんてするっと口から出てこないことを知った。だから私は、暴力を奮った人間が相手にすぐ「ごめんね」「可哀想なことをしてしまった」と優しく謝って、どうしてそんなことをしてしまったのかの理由をするすると話して、何らかの償いをするなんてシーンを見ると、「ああ、この人は習慣的に他者に手を上げる人間だ」と勘付く。「私があなたを叩いてしまった理由」を流暢に説明する人間は、いつもその理由を相手の側に上手になすりつけて、「だから仕方なく自分は叩いたのだ。それ以外に方法がなかったのだ」と自分を守って言い訳をする。それは、大きな嘘だ。

体罰や虐待や暴力の本当の問題は、殴られた側ではなく、常に殴った側の中にしかない。殴った側は、「最終的な解決に暴力を選んでしまう」、「その逃避的な思考回路が癖になっている」点で、感情と行動の調整に失敗しているからだ。私は、躾(しつけ)や「愛のムチ」などという言葉を理由に子供への体罰や暴言を正当化・習慣化してしまっている、そしてそんな自分の葛藤を暴力という出口から吐き出す思考回路が癖になってしまった、自分の嘘に本当は気づいて悩んでいるお母さんを見ると、あの瞬間の私と同じ「helpless=誰かの助けが必要なのに得られない」人なのだと感じて、助けてあげたい、助けなくてはと思う。

体罰容認派に、性別や年齢は関係なかった事実

2018年2月、公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンは「子どもに対するしつけのための体罰等の意識・実態調査結果報告書」を発表した。

出典:公益社団法人 セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン 『子どもの体やこころを傷つける罰のない社会を目指して 』

「しつけのために、子どもに体罰をすることに対してどのように考えますか」という問いに対し、「決してすべきではない」は43.3%で、「積極的に」・「必要に応じて」・「ほかに手段がないときのみ」子どもへの体罰をすべきであると回答した、しつけのための体罰容認派は56.7%。

出典:公益社団法人 セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン 『子どもの体やこころを傷つける罰のない社会を目指して 』

 

体罰という言葉で連想する行為が人によって異なる場合を考慮して「たたく」という具体的な言葉を用い、「しつけのために、子供をたたくことに対してどのように考えますか」という質問をしたところ、「積極的に」・「必要に応じて」・「ほかに手段がないときのみ」子どもをたたくことをすべきであると回答した人はむしろ微増して60.0%となった。

そして体罰容認派の回答者の属性(年齢、性別、居住地、子どもの有無)には、顕著な差が確認できなかったというのが、驚きだ。つまり女性でも男性でも、どこに住むどんな世代でも、子どもがいてもいなくても、日本人の6割が「子どもはしつけのために叩いていい」と容認していることになる。また、たたく部位や加減の強弱をより詳細に質問すると、「こぶしで殴る」「ものを使ってたたく」「加減せずに頭をたたく」にも約1割の容認派が存在した。「頰を平手でたたく」では容認派が約3割、「お尻をたたく」「手の甲をたたく」の容認派は約7割にのぼった。

「なぜ、しつけのために、子どもをたたくべきだと思いますか」の問いに対して、体罰容認派の約4割を占める最も多い回答は「口で言うだけでは子供は理解しないから」だった。そして回答の多い順に「その場ですぐに問題行動をやめさせるため」「痛みを伴う方が、子どもが理解すると思うから」「たたく以外に子どもをしつける方法がわからないから」「大人の威厳を示すため」と続く。「相手に暴力をした場合に痛みをわからせるため」「どうして叩かれたか考えさせるため」「自分もそうやって学んだから」「愛情があれば叩いても解ってくれると思う」との声もあった。

「自分より無力な子どもを、体の大きな大人が叩いてもいい理由」なんて本当は存在しない。「大人の威厳」「痛みをわからせる」「愛情があれば解ってくれる」。それらはたたく理由というよりも大人の自己弁護の響きがあり、自己中心的で、偽善的じゃないだろうか。そしてその体罰容認派に、男女も年齢も子供の有無も大きくは関係していなかったことを、私たちはどう理解すべきだろうか。

暮らしのヒント/子育て 最新の記事

子育てをもっと見る

Writer Profile

河崎環

コラムニスト

Tamaki Kawasaki

1973年、京都生まれ神奈川育ち。22歳女子と13歳男子の母。欧州2カ国(スイス、英国)での暮らしを経て帰国後、子育て、政治経済、時事、カルチャーなど多岐に渡る分野での記事・コラム執筆を続ける。2019秋学期は立教大学社会学部にてライティング講座を担当。著書に『女子の生き様は顔に出る』(プレジデント社)。

LEE100人隊をもっと見る

LEEメンバーになって
お気に入りの記事をCLIPしましょう!

LEEメンバーになると何ができるの?
会員限定記事が読み放題
マイページにお気に入りの記事リストが作れます。
プレゼントやイベント、セミナーに応募できます。
人気連載などにコメントができます。
お得な情報が満載のメールマガジンをお届けします。

メンバー登録はこちら

すでにメンバーの方はこちら

ログイン

LEEメンバーになって
お気に入りの記事をCLIPしましょう!

LEEメンバーになると何ができるの?
会員限定記事が読み放題
マイページにお気に入りの記事リストが作れます。
プレゼントやイベント、セミナーに応募できます。
人気連載などにコメントができます。
お得な情報が満載のメールマガジンをお届けします。

メンバー登録はこちら

すでにメンバーの方はこちら

ログイン