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映画ライター折田千鶴子のカルチャーナビアネックス

姉の選択、幼い弟の運命は!? 中国で異例の大ヒット『シスター 夏のわかれ道』新鋭監督に直撃

  • 折田千鶴子

2022.11.24

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涙なしで観られないと話題に!

21年の中国映画界を揺るがした、まさに小さな巨人!? 数々のハリウッド大作を押しのけて、低予算で製作された『シスター 夏のわかれ道』が2週連続トップに立ち、興行収入171億円を達成! 中国版アカデミー賞と呼ばれる金鶏奨をはじめ数々の映画祭を席巻した本作は、中国全土で論争を巻き起こし、社会現象となったそうです。

11月25日(金) 新宿ピカデリー、 ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開
© 2021 Shanghai Lian Ray Pictures Co.,Ltd. All Rights Reserved

なるほど、ヒロインをとりまく環境や社会的圧力、その生きづらさには、世界中の女性が、怒りやら“分かる~!!”と共鳴やらで熱くならずにいられないはずです。だから彼女の言動や奮闘、その必死さが痛いほど分かる! 一方で、幼い弟クンのあまりの可愛さにほだされずにもいられないワケで……。

ヒロインの満たされぬ思いや境遇は、一人っ子政策(1979~2014年)の犠牲とも言える、そんな社会的背景が描き込まれているのも、本作の大きな魅力であり真価だと言えます。

本作を監督したのは、『再見、少年』(20)で長編映画監督デビューした新鋭イン・ルオシンさん。実は取材時、“一人っ子政策について批判的なことを言うな、言わせるな”という圧力がやんわり入り、少々緊張感のあるインタビューとなりましたが、監督自身は溌溂と率直に応えてくれるステキな女性でした!

イン・ルオシン[殷若昕]
1986年、中国安徽省出身。中央戯劇学院演劇文学演出科を卒業。演劇や映画の脚本、監督を担当。脚本を手がけた『結婚しましょう』(15)が中国の小劇場の興行トップ10に入る。『再見、少年』(20)で長編映画監督デビュー。本作が監督第2作目。

──脚本は、監督と同じ学校出身のヨウ・シャオインさんです。どの時点で、本作の監督を引き受けることになったのですか。

「彼女は大学の同期で、とてもいい友人関係にあります。本作の話は、まだブレインストーミングの時点から聞いていました。その時は誰が監督するとか、そういう段階ではありませんでしたが、彼女が家にこもって脚本を書いていた時から、話を聞いたり、アドバイスをしたりしていました」

「2019年の終盤に、私が監督することに決まり、そこから脚本の内容をまた少し変えました。具体的には、ヨウさんの脚本には色んな要素が散りばめられていて、色んなキャストに視点が置いてありました。もちろんヒロインのアン・ランがメインではありましたが、伯母さんや弟、叔父さん、あるいは事故を起こした当事者やその娘などの視点も盛り込まれ、本当に色んなストーリーが入っていたんです。映画化にあたっては時間的にも描き切れないので、私の方で姉と弟に焦点を絞り、そこからストーリーを展開させていきました」

『シスター 夏のわかれ道』ってこんな映画

四川省の成都で看護師をするアン・ラン(チャン・ツィフォン)は、仕事の合間に医者になるために猛勉強している。ところがある日、両親が交通事故で急死し、一緒に暮らしたことのない6歳の弟ズーハン(ダレン・キム)が現れる。一人っ子政策下で育ったアン・ランが大学生になった時に、両親が跡継ぎを強く望んでズーハンをもうけたのだった。大学入学と同時に家を出て、医者になるため働きながら一人で頑張って来たアン・ランの人生計画が、会ったことのない弟の出現でかき乱され……。

──アン・ランがそれまでの人生で、どんな仕打ちを受けて来たのか分からないまま観る前半は、幼い弟を拒絶し続ける姿に、なんて頑なで冷たい女の子なのかと思ってしまいます。そこから過去の出来事が織り交ぜられ、段々と共感が高まっていくわけですが、観客の気持ちがアン・ランから離れないように、人物像を構築する上でどんなことに気を付けましたか?

「映画という時間的制限がある中で、いかにアン・ランという人物の人間性やキャラクターを描写していくかは、一つチャレンジでした。彼女の孤独な姿、1人きりのシーンも大きな見どころであり、見せたい部分でもありました」

「ただ、彼女の経験や思い出をたくさん入れ込むことは時間的に難しかったので、その辺りはすべて“夢”で匂わせることにしました。それも、幼少期のアン・ランの真の経験なのか、それとも単に夢の中の出来事なのかも、受け手側に委ねています」

「そこで私が重視したかったのは、アン・ランと両親との関係です。彼女の弱い部分や温かい部分も、きちんと描写したいと思いました。幼いズーハンが公衆トイレに行くシーンでの姉弟の言動、父親の革のジャケットを着ながら歌うシーン、両親のお墓の前で泣いてしまうシーンなどは、気持ちを入れ、力を込めて撮ったシーンです」

──夢に登場してきたような出来事が現実にあったのかどうかは、我々受け手側が感じ考えることですが、アン・ラン自身が両親に愛されていたという記憶があるかないかが、彼女の中では非常に重要ですよね。

「何かの経験に基づいて作られる夢もあると思いますが、同時に思いというのは常に変形し、変化していくものだとも捉えています。私見では、アン・ランが生まれた時、父と母の愛は確かにあったと思います。彼女は愛されていた。でも、保健局の人が来た時(一人っ子政策の確認)のアン・ランの言動に対して、父親が手をあげてしまう……」

「私があそこで描写したかったのは、どうしても男子の継承者が欲しいという家庭の事情や家族の気持ちです。男子が欲しかったという父親の気持ちは、アン・ランの母親にもストレスを掛けていたとも思います。アン・ランには幼少期の良い思い出もきっとあった。ただ、家族のことを思えば思うほど、辛い経験ばかりが思い出されてしまう。そんな状況にあると理解していました」

──自分に置き換えて考えたら、やはり両親に対するわだかまりや、自分ばかりが損をしているという気持ちは拭えないと思います。だから、幼い弟を拒絶するアン・ランの言動に段々と共感を覚えつつ、苦しくなってきます。

「そう、家族のことを考えると思い出してしまう辛い経験は、アン・ランの中でどんどん過大になってしまうわけです。だから愛されていた記憶より、傷ついた思い出の方が大きくなってしまう。でもだからといって劇中、“あなたはやっぱり愛されていたんだよ”という描写をしませんでした。なぜなら、そこには“不公平さ”が確実にあったと思うからです。弟とアン・ランが全く同じだけの愛を受けていたかは応えられない。容易には白黒つけられない、非常にグレーなものだったろうと私自身、捉えているからです」

──ちなみに監督ご自身は、一人っ子ですか?

「一人っ子です」

──両親の愛を一心に受けて育ったという記憶が濃いですか? それとも両親はどこかで、やっぱり男の子を欲しがっていたんだな、と感じたことはありましたか?

「とても愛を受けて育ちました。だから男子を望んでいたということも、あまりなかったと感じています。ただ両親とも子供が好きなので、もう1人くらい欲しいと思っていたようです。別に男の子がいい、ということでもなく。割に早く亡くなってしまったため交流があまりなかった父方の祖父は、やはり男の子を求めていた、という印象は残っていますが」

舞台は大都会・成都

──舞台は四川省の成都。この街を舞台にした理由はありますか。例えば、日本でいう大阪のような人情の町と聞いたことがあったのですが……。町の特性などが本作に反映されたり、あるいは影響を与えたりしていますか。

「それは非常に明確にありますね。最初は別の都市を考えていました。というのも、北京や上海のレベルよりは少し規模は小さめですが、成都はかなり発展している大都市です。もう少し小さな町を舞台にした方がいいのでは、という議論もありました。ただ、やはり成都は良い意味で、とても現代化が進んだ場所なんです。それでいて、すごく人情に溢れた都市なんです。色んな背景を持つ人々を受け入れる、懐が深くて人情味が溢れるいい都市というイメージが強くあります。食べ物も美味しくて、遊ぶ環境も整っています。劇中にも、街中で麻雀をする場所が出てきたりしますよね」

「だから逆に、そういう場所に設定した方がいいのではないか、と成都に決めました。温かいイメージの強い成都、家族・家庭の中で女性の立ち位置が割と高いというイメージがある成都でも、あんなシチュエーションになってしまうの!?と思うような場所で撮ることに意味を感じました。その中で、こういう状況下に置かれた女性の運命はどうなるのか。成都のいいイメージがあるからこそ、その裏事情というところで、反復させたかったという2つの理由があるんです」

──アン・ランと伯母が2人で西瓜を食べながら話をするシーンは、思わずフッと泣けてしまった大好きなシーンです。監督が資料で“アン・ランは生まれた時から男尊女卑の産物だった”と語っています。同時に、“けれど伯母とは全く異なっていた”とも。このシーンでは、伯母もまた色々抱えてきたという女性同士の共鳴が感じられ、とても印象に残ります。

「私も大好きなシーンなんです。この伯母さんというキャラクターは、本作の中で非常に重要な存在です。伯母さんのために特別にいいシーンを作りたい、伯母さんがメインになるようなシーンを設けたいと考えていたんです。このシーンでは、大人が心をオープンにして自分の胸の内を語ってしまう……。伯母さんが心から会話するシーンをどうしても入れたくて、どうすればいいか非常に考えました」

「最初は、伯母さんが(旦那が入院する)病院から帰ってきて、持って帰ってきた荷物を整理しつつ、洋服を畳みながら姪っ子のアン・ランと何となく話をする設定でした。でも、なんか唐突に感じたんですよね。その瞬間、“ここは西瓜だ!”と思いついたんです。その日にいきなり決めて、スタッフに無理を言って西瓜を買ってきてもらいました(笑)。その西瓜を手にした瞬間、私自身の母のことを思い出しました。私の母も、一番おいしいところを、いつもスプーンで掬って私にくれたな、と思い出して、あのシーンに繋がっていきました」



アン・ランと幼い弟の運命は!?

──まだまだ沢山ありますが、もう一つフッと泣けてしまった大好きなシーンが、アン・ランが病院から弟をおんぶして帰るシーンです。引き・寄り、色んなショットで撮っていましたが、監督の中でも、結構こだわったシーンでは!?

「実は私も、おんぶシーンが大好きなので、嬉しいです。本作の監督を引き受けると決めた時から、あのシーンを作りたいと自分の中で漠然とあったんです。非常に漠然としていましたが――静かな町の中を2人で帰っていく姿――それを、すごく撮りたかった。2人を後ろから撮るカットもありますが、そのカットでは、あの2人はまだまだ子供なんだと感じてもらえると思います。アン・ランは成人しているとはいえ、まだ大人になりたてで頼りない。か細い脚や、はかなそうな姿に見えるという場面なので、かなり気を遣いました」

「でもあの場面で最も苦労したのは、みんなに静かにしてもらわなきゃいけなかったとことです。それは、とても努力を要しました! あの場面を撮り終えるまで、とにかく静かな環境を確保してくれるよう、スタッフ全員に頑張ってもらいました(笑)!」

優秀で頑張り屋さんのアン・ランが、なぜ医学部に進学できなかったのか。その事実は、結構ショッキングです。「これまで一人で頑張って来たのだから、予定通り医学部に進学したい。自分の人生を生きたい」と主張するアン・ランに対する親戚一同のバッシング! 「働いて弟を養え」というのは、「人生を諦めろ」と言われているのと同義なのに。

でも、自分を「お姉ちゃんがいい!」と真っ直ぐに慕ってくる弟ズーハンに愛情も芽生えてしまう……。やんちゃなズーハンが可愛くて、もう、引き裂かれるような思いで2人の運命の行方を見つめてしまいます。

一人っ子政策の残酷や家父長制の理不尽さは、色んな映画で描かれてきましたが、現代の今この瞬間にも、こんな風に人生を翻弄されてしまうアン・ランの姿に驚き、嘆息してしまいます。伯母との絆、一族の中でもちょっと外れた叔父の存在、交通事故を起こした親子の物語なども、それぞれ心に残ります。

最後まで目が離せない力強い感動作『シスター 夏のわかれ道』。是非、映画館で息を詰めながらアン・ランとズーハンの姿を目に焼き付けてください。

映画『シスター 夏のわかれ道』

11月25日(金) 新宿ピカデリー、 ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開

2021年/中国/127分/配給:松竹

監督:イン・ルオシン 脚本:ヨウ・シャオイン

出演:チャン・ツィフォン、シャオ・ヤン、ジュー・ユエンユエン、ダレン・キム

公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/sister/


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折田千鶴子 Chizuko Orita

映画ライター/映画評論家

LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。

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